宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹
蔡確既貶公上言聖人之道不過得中天下之事不可極意用刑寜失之寛不可失之急寜失之略不可失之詳偏見異論者皆以為黨確而逐之臣恐刑罰失中人情不安矣
新字:蔡確既貶公上言聖人之道不過得中天下之事不可極意用刑寜失之寛不可失之急寜失之略不可失之詳偏見異論者皆以為党確而逐之臣恐刑罰失中人情不安矣
書き下し
蔡確既に貶せらる。公上言す、聖人の道は中を得るに過ぎず。天下の事は意を極む可からず。刑を用うるには、寧ろ之を寛に失するとも、之を急に失す可からず。寧ろ之を略に失するとも、之を詳に失す可からず。偏見異論の者、皆な以て確に黨すと爲して之を逐う。臣恐る、刑罰中を失いて人情安からざらんことを、と。
現代語訳
蔡確がすでに左遷された。范祖禹は上申した。「聖人の道は、中を得るということに尽きます。天下の事は、思うところを極めきってはなりません。刑を用いるにあたっては、むしろ寛大にすぎるほうに外れてもよいが、厳しすぎるほうに外れてはなりません。むしろ大まかにすぎるほうに外れてもよいが、細かすぎるほうに外れてはなりません。異なる見解や違う議論を持つ者を、みな蔡確に与している者だとして追放しております。臣は、刑罰が中を失って、人の心が安らかでなくなることを恐れます」。
解説
処罰の追い風が吹いているときに出された諫めです。中庸を、抽象論で終わらせていません。外れる方向を指定しました。むしろ寛大にすぎるほうに外れてもよいが、厳しすぎるほうに外れてはなりません。どうせ誤るなら、どちらへ誤るか。もう一組も同じ形です。大まかにすぎるほうへ、と。そのうえで、いま起きていることを名指しします。異なる見解や違う議論を持つ者を、みな蔡確に与している者だとして追放しております。意見の違いが、党派の証拠に変わっていました。
この章句が説くこと
聖人の道は中を得るに過ぎず天下の事は意を極む可からず寧ろ之を寛に失するとも之を急に失す可からず寧ろ之を略に失するとも之を詳に失す可からず偏見異論の者皆な以て確に党すと為して之を逐う刑罰中庸
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