宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹
君子專於為義小人專於為利君子之得位欲行其所學也小人之得位将濟其所欲也用君子則治用小人則亂君子與小人皆在陛下心之所召也凡人之進學莫不在於年少之時陛下數年之後雖欲勤於問學恐不得如今日之專也
新字:君子専於為義小人専於為利君子之得位欲行其所学也小人之得位将済其所欲也用君子則治用小人則乱君子与小人皆在陛下心之所召也凡人之進学莫不在於年少之時陛下数年之後雖欲勤於問学恐不得如今日之専也
書き下し
君子は義を爲すに專らにし、小人は利を爲すに專らにす。君子の位を得るは、其の學ぶ所を行わんと欲すればなり。小人の位を得るは、將に其の欲する所を濟さんとすればなり。君子を用うれば則ち治まり、小人を用うれば則ち亂る。君子と小人とは、皆な陛下の心の召く所に在るなり。凡そ人の學に進むは、年少の時に在らざるは莫し。陛下數年の後、學問に勤めんと欲すと雖も、恐らくは今日の專なるが如きを得ざらん。
現代語訳
「君子は義をなすことに専らであり、小人は利をなすことに専らです。君子が地位を得るのは、自分の学んだところを行おうとするからです。小人が地位を得るのは、自分の欲するところを遂げようとするからです。君子を用いれば治まり、小人を用いれば乱れます。君子と小人とは、いずれも陛下のお心が呼び寄せるところにあるのです。おおよそ人が学問に進むのは、年の若いときでないことはありません。陛下は数年の後、学問に励もうとお思いになっても、おそらく今日ほど専心することはおできにならないでしょう」。
解説
人材論に見えて、責任の置き場を動かした一段です。よい人が来ないのは巡り合わせではない、と言い切ります。君子と小人とは、いずれも陛下のお心が呼び寄せるところにあるのです。上の関心が、そのまま人を選別している。だから人事の前に、自分の心を問えという話になります。そして最後に期限を付けました。陛下は数年の後、学問に励もうとお思いになっても、おそらく今日ほど専心することはおできにならないでしょう。いつでもできる、が効かなくなる一言です。
この章句が説くこと
君子は義を為すに専らにし小人は利を為すに専らにす君子を用うれば則ち治まり小人を用うれば則ち乱る君子と小人とは皆な陛下の心の召く所に在るなり陛下数年の後学問に勤めんと欲すと雖も恐らくは今日の専なるが如きを得ざらん人材責任
関連する章句
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『童子問』卷下問ふ、何ぞ古昔は人材の多くして、後世は之れ尠きや、と。曰く、一なれば則ち達し、岐多ければ則ち迷ふ。後世の人材を成すこと能はざる者は、其の岐多きが為なり。夫れ学なる者は、徳を成し材を達する所以なり。学者内に名利の膠無く、外に他事の擾無く、此に衣食し、此に寝処し、立てば則ち其の前に参ずるを見、輿に在れば則ち其の衡に倚るを見、積みて又積み、老の将に至らんとするを知らず、心心念念、此に専一ならば、則ち何ぞ徳を成し材を達せざることの之れ有らん。舜も人なり、我も亦人なり。堯舜の事業、孔孟の学術と雖も、亦豈に遠からんや。昔韓幹馬を画くことを好み、見る所の馬、皆其の師に非ざるは莫し。夫れ然る後、能く其の妙を造し、古今に冠絶す。古人の道芸に於けるや、皆然り。後の学者は則ち然らず。己の期する所、父兄朋友の責むる所、利名の両者に過ぎず。有用の事は講ぜず、有用の書は読まず。無益の章句を守り、無益の空文に鶩せ、無益の故事を記し、一切時好に狗ひ、名誉を邀へ、旁蹊多岐にして、志を用ふること専らならず。而して大学問・大事業に於ては、則ち之を度外に付す。藉令数十巻の著述有りて世に行はるるも、亦児戯のみ。行々将に澌滅に就かんとす。何の益かあらん。其の求むる所の名と利とも、亦皆児女子の仰歎に供するのみ。何の人材を成す所あらんや。少しく智慮有る者は、其れ取捨する所を知らざるべけんや。
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