宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹
是夏權住進講公上疏曰陛下今日學與不學係天下他日之治亂臣不敢不盡言之陛下如好學則天下之君子欣慕願立於朝以直道事陛下輔助德業而致太平矣陛下如不好學則天下之小人皆動其心欲立於朝以邪謟事陛下竊取富貴而專權利矣
新字:是夏権住進講公上疏曰陛下今日学与不学係天下他日之治乱臣不敢不尽言之陛下如好学則天下之君子欣慕願立於朝以直道事陛下輔助徳業而致太平矣陛下如不好学則天下之小人皆動其心欲立於朝以邪謟事陛下窃取富貴而専権利矣
書き下し
是の夏、權りに進講を住む。公疏を上りて曰く、陛下今日學ぶと學ばざるとは、天下他日の治亂に係る。臣敢えて盡く之を言わずんばあらず。陛下如し學を好まば、則ち天下の君子欣慕し、朝に立ち直道を以て陛下に事え、德業を輔助して太平を致さんことを願わん。陛下如し學を好まずんば、則ち天下の小人皆な其の心を動かし、朝に立ち邪諂を以て陛下に事え、富貴を竊取して權利を專らにせんと欲せん。
現代語訳
この夏、進講がしばらく休みになった。范祖禹は上疏して言った。「陛下が今日学ばれるか学ばれないかは、天下の後日の治乱にかかわります。臣はすべてを申し上げずにはおれません。陛下がもし学を好まれるなら、天下の君子は喜び慕い、朝廷に立って真っ直ぐな道をもって陛下にお仕えし、徳と事業を助けて太平をもたらしたいと願うでしょう。陛下がもし学を好まれないなら、天下の小人は皆その心を動かし、朝廷に立ってよこしまな諂いをもって陛下にお仕えし、富貴を盗み取って権勢と利益を独り占めしようとするでしょう」。
解説
学問を勧めるのに、本人の徳の話をしていません。集まってくる人の話にしました。陛下がもし学を好まれるなら、天下の君子は喜び慕い、朝廷に立って真っ直ぐな道をもって陛下にお仕えし。学ぶ人の周りには、直言する人が来る。逆も並べます。朝廷に立ってよこしまな諂いをもって陛下にお仕えし、富貴を盗み取って権勢と利益を独り占めしようとするでしょう。自分のためではなく、誰が寄ってくるかが変わる。休講の期間に出された上疏でした。
この章句が説くこと
陛下今日学ぶと学ばざるとは天下他日の治乱に係る陛下如し学を好まば則ち天下の君子欣慕し朝に立ち直道を以て陛下に事う陛下如し学を好まずんば則ち天下の小人皆な其の心を動かす富貴を竊取して権利を専らにせんと欲せん富貴を窃取して権利を専らにせんと欲せん学問
関連する章句
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『童子問』卷下問ふ、何ぞ古昔は人材の多くして、後世は之れ尠きや、と。曰く、一なれば則ち達し、岐多ければ則ち迷ふ。後世の人材を成すこと能はざる者は、其の岐多きが為なり。夫れ学なる者は、徳を成し材を達する所以なり。学者内に名利の膠無く、外に他事の擾無く、此に衣食し、此に寝処し、立てば則ち其の前に参ずるを見、輿に在れば則ち其の衡に倚るを見、積みて又積み、老の将に至らんとするを知らず、心心念念、此に専一ならば、則ち何ぞ徳を成し材を達せざることの之れ有らん。舜も人なり、我も亦人なり。堯舜の事業、孔孟の学術と雖も、亦豈に遠からんや。昔韓幹馬を画くことを好み、見る所の馬、皆其の師に非ざるは莫し。夫れ然る後、能く其の妙を造し、古今に冠絶す。古人の道芸に於けるや、皆然り。後の学者は則ち然らず。己の期する所、父兄朋友の責むる所、利名の両者に過ぎず。有用の事は講ぜず、有用の書は読まず。無益の章句を守り、無益の空文に鶩せ、無益の故事を記し、一切時好に狗ひ、名誉を邀へ、旁蹊多岐にして、志を用ふること専らならず。而して大学問・大事業に於ては、則ち之を度外に付す。藉令数十巻の著述有りて世に行はるるも、亦児戯のみ。行々将に澌滅に就かんとす。何の益かあらん。其の求むる所の名と利とも、亦皆児女子の仰歎に供するのみ。何の人材を成す所あらんや。少しく智慮有る者は、其れ取捨する所を知らざるべけんや。
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『洗心洞箚記』卷下・第七條胡敬斎先生曰く、陳公甫も亦些かの道理を窺ひ見るも、下面に循序の工夫無きに因りて、故に遂に空見と成ると。此れ中材已下を責むるの事にして、大賢を責むるは則ち不可なり。凡そ大賢は一了百了す。然るに苟も之を責むれば、亦諸生児輩を督課するが如し。是れ乃ち後儒の泥みて上根の人を駆り、以て禅門に開走するの竇なるか。噫。
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『政談』學問の事偖御旗本の学問あるをば、其の向寄の儒者ともより若年寄御番頭へ申さすへし、尤も学問なき人の贔負にて有と云やうなることも有べけれとも、兎角芸の事は其の芸者の方より申し立つるを証拠にせざれば知るへきやうなきことなり、偖学問ある人を撰みて御役人に仰付らるゝやうにもあらば、学問ははやるべきことなり、されども学問なく上も知行高と、家筋にて御役人にはなることと人々覚え居ることなる故気のつまることはせね道理なり、古は学問なければ公辺の勤めもならぬやうに徳を立て置きたる故、自から武家も学問を仕たると見えたり、源頼義大江匡房と書翰往来のこと本朝文粋に之あり、頼義奥州退治の時上表せられたることなどあり、又義家丹波の椽の時新田開発の下し文を先年見たり、共に仲々かたき文章なり、当時は学問なくても御奉公の差支はなきこと故、気のつまることをせぬ筈のこと也、
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『養生訓』巻第六・択医如此実によくつとめて、わが身の学功そなはらば、名利を得ん事、たとへば俯して地にある芥を拾ふが如くにたやすかるべし。是士庶の子弟、貧賤なる者の、名利を得る好計なるべし。如此なる良工は、是国土の宝なり。公侯は早くかかる良医をしたて給ふべし。医となる人、もし庸医のしわざをまなび、愚俗の言を信じ、医学をせずして、俗師にしたがひ、もろこしの医書をよまず、病源と脈とをしらず。本草に通ぜず、薬性をしらず。医術にくらくして、只近世の日本の医の作れる国字の医書を二三巻考へ、薬方の功能を少し覚え、よき衣きて、我が身のかたちふるまひを飾り、弁説を巧にし、人のもてなしをつくろひ、富貴の家にへつらひ親み、時の幸を求めて、福医のしわざを羨みならはば、身を終るまで草医なるべし。
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『徂徠先生答問書』卷中一御気質悪敷候由、殊の外気の毒に思召候由被仰下候。己が非を知ると申候は能事に候得共、余りに気質を気の毒に存候事は不宜儀に存候。気質は天より禀得、父母よりうみ付候事に候。気質を変化すると申候事は宋儒の妄説にて、ならぬ事を人に責候無理の至に候。気質は何としても変化はならぬ物にて候、米はいつ迄も米、豆はいつまでも豆にて候。只気質を養ひ候て、其生れ得たる通りを成就いたし候が学問にて候。たとへば米にても豆にても、その天性のまゝに実いりよく候様にこやしを致したて候ごとくに候。しいなにては用に立不申候。されば世界の為にも、米は米にて用にたち、豆は豆にて用に立申候、米は豆にはならぬ物に候。豆は米にはならぬ物に候。宋儒の説のごとく気質を変化して渾然中和に成候はゞ、米ともつかず豆ともつかぬ物に成たきとの事に候や。それは何の用にも立申間敷候。

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