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宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹

冬大寒禁中出錢十萬貫以賜貧民公言朝廷自嘉祐巳前諸路皆有廣惠倉以救恤孤貧京師有東西福田院以收養大小廢疾至嘉祐八年增置城南北福田院共為四院此乃古之遺法也臣以為宜於四福院增葢官屋以處貧民不限人數委左右廂提舉使臣預設方略救濟不必專散以錢計其存活死損以為殿最其天下廣惠倉宜更舉行令官吏用心賑恤須要實惠及民上納用焉

新字:冬大寒禁中出銭十万貫以賜貧民公言朝廷自嘉祐巳前諸路皆有広恵倉以救恤孤貧京師有東西福田院以収養大小廃疾至嘉祐八年增置城南北福田院共為四院此乃古之遺法也臣以為宜於四福院增葢官屋以処貧民不限人数委左右廂提舉使臣預設方略救済不必専散以銭計其存活死損以為殿最其天下広恵倉宜更舉行令官吏用心賑恤須要実恵及民上納用焉

書き下し

冬大いに寒し。禁中錢十萬貫を出して以て貧民に賜う。公言う、朝廷嘉祐以前より、諸路皆な廣惠倉有りて以て孤貧を救恤す。京師には東西の福田院有りて以て大小の廢疾を收養す。嘉祐八年に至り、城南北の福田院を增置し、共に四院と爲す。此れ乃ち古の遺法なり。臣以爲えらく、宜しく四福院に官屋を增蓋して以て貧民を處し、人數を限らず、左右廂の提舉使臣に委ねて、預め方略を設けて救濟せしむべし。必ずしも專ら散ずるに錢を以てせず。其の存活・死損を計りて以て殿最と爲す。其の天下の廣惠倉は、宜しく更に舉行し、官吏をして心を用いて賑恤せしめ、須らく實惠の民に及ぶを要すべし、と。上納れて之を用う。

現代語訳

冬にひどい寒波が来た。宮中から銭十万貫を出して貧民に賜った。范祖禹は述べた。「朝廷は嘉祐以前から、諸路にはいずれも広恵倉があって孤児や貧者を救ってまいりました。都には東西の福田院があって、重い軽いを問わず障害のある者を収容し養ってきました。嘉祐八年になって、城の南北に福田院を増設し、あわせて四院となりました。これこそ古くからの遺された良法です。臣が思いますに、四つの福田院に官の建物を増築して貧民を住まわせ、人数に上限を設けず、左右廂の提挙使臣に委ねて、あらかじめ手立てを定めて救済させるべきです。必ずしも銭を配ることだけに頼らないようにする。そして生き延びた者と死んだ者の数を数えて、勤務評定といたします。天下の広恵倉については、あらためて実施し、官吏に心を用いて施しをさせ、実際の恵みが民に届くことを必ず求めるべきです」。天子はこれを受け入れて採用した。

解説

その場の施しに、続きを付けた上奏です。まず既存の仕組みを思い出させます。**都には東西の福田院があって、重い軽いを問わず障害のある者を収容し養ってきました。**新しく作るのではなく、あるものを動かせ、と。そして配り方に注文を付けました。**必ずしも銭を配ることだけに頼らないようにする。**さらに、担当者の評価軸を差し替えます。**生き延びた者と死んだ者の数を数えて、勤務評定といたします。**配った額ではなく、生きた人の数で測る。**実際の恵みが民に届くことを必ず求めるべきです。**

この章句が説くこと

冬大いに寒し禁中銭十万貫を出して以て貧民に賜う諸路皆な広恵倉有りて以て孤貧を救恤す京師には東西の福田院有り必ずしも専ら散ずるに銭を以てせず其の存活・死損を計りて以て殿最と為す救済評価

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