宋名臣言行録 / 前集巻一・趙普
鄉非韓王謀慮深長太祖聰明果斷天下何以治平至今戴白之老不覩干戈聖賢之見何其逺哉
新字:郷非韓王謀慮深長太祖聰明果断天下何以治平至今戴白之老不睹干戈聖賢之見何其遠哉
書き下し
鄉に韓王の謀慮深長、太祖の聰明果斷に非ずんば、天下何を以て治平ならん。今に至るまで戴白の老、干戈を覩ず。聖賢の見、何ぞ其れ逺きかな。
現代語訳
もし韓王(趙普)の思慮が深く長く、太祖が聡明で決断できる人でなかったら、天下はどうして治まり平らかであっただろう。いまに至るまで、白髪を戴く老人が戦を見たことがない。聖賢の見通しは、なんと遠いことか。
解説
編者が一言だけ地の文で挟んだところです。ここまで手順を追ってきたあとで、白髪の老人が生涯ひとたびも戦を見ずに済んでいる、という一点に効果をまとめました。制度を変えた話の値打ちを、領土でも歳入でもなく「戦を見ない世代がいる」で測っています。謀った側と決めた側の両方が揃って初めて成った、と二人を並べて書いているのも、人物ごとに編まれたこの書らしいところです。
この章句が説くこと
今に至るまで戴白の老干戈を睹ず韓王の謀慮深長太祖の聰明果断聖賢の見何ぞ其れ遠きかな成果長期平和
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