宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹
朝廷既相溫公申公詔起蜀公蜀公以書問於公公謂不當起蜀公得書大喜曰是吾心也吾所欲為者君實巳為之矣何用復出又與親舊書云比亦欲出而二即勸止遂巳
新字:朝廷既相温公申公詔起蜀公蜀公以書問於公公謂不当起蜀公得書大喜曰是吾心也吾所欲為者君実巳為之矣何用復出又与親旧書云比亦欲出而二即勧止遂巳
書き下し
朝廷既に温公・申公を相とす。詔して蜀公を起こす。蜀公書を以て公に問う。公當に起つべからずと謂う。蜀公書を得て大いに喜びて曰く、是れ吾が心なり。吾の爲さんと欲する所は、君實已に之を爲せり。何ぞ復た出づるを用いん、と。又た親舊に與うる書に云う、比ころ亦た出でんと欲す。而るに二即勸め止む。遂に已む、と。
現代語訳
朝廷はすでに司馬光と呂公著を宰相とした。そのうえで詔を下して范鎮を起用しようとした。范鎮は手紙で范祖禹に意見を尋ねた。范祖禹は、出仕すべきではない、と答えた。范鎮はその手紙を得て大いに喜んで言った。「それこそ私の思いだ。私がやりたかったことは、君実(司馬光)がすでにやってくれている。どうしてまた世に出る必要があろうか」。また古くからの知人に宛てた手紙にはこう書いた。「近ごろ私もまた世に出ようかと思った。ところが二即〔人名か〕が引き止めた。そこでやめた」。
解説
呼び戻された老臣が、身内に相談した場面です。返ってきた答えは、出るな、でした。喜んだ理由がはっきり書かれています。**それこそ私の思いだ。**そして出ない理由が、隠居の理屈ではありません。**私がやりたかったことは、君実がすでにやってくれている。どうしてまた世に出る必要があろうか。**やりたいことが実現しているなら、自分がやる必要はない。手柄の主が自分でなくてよい、という引き際でした。
この章句が説くこと
詔して蜀公を起こす蜀公書を以て公に問う公当に起つべからずと謂う是れ吾が心なり吾の為さんと欲する所は君実已に之を為せり何ぞ復た出づるを用いん引退相談
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