宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹
除正言客有言於溫公以公在言路必能協濟溫公正色曰子謂淳甫見光有過不言乎殆不然也
新字:除正言客有言於温公以公在言路必能協済温公正色曰子謂淳甫見光有過不言乎殆不然也
書き下し
正言に除せらる。客に温公に言う者有り、公言路に在れば、必ず能く協濟せん、と。温公色を正して曰く、子は淳甫が光に過ち有るを見て言わずと謂うか。殆ど然らざるなり、と。
現代語訳
范祖禹が正言(諫官)に任じられた。ある客が司馬光に言った。「あの人が言論の任にあれば、きっとお力添えになりましょう」。司馬光は顔色を正して言った。「そなたは、淳甫が私に過ちがあるのを見て、それを言わずにおくとでも思っているのか。おそらくそうではあるまい」。
解説
褒め言葉のつもりの一言に、司馬光が正面から返した場面です。客の見立ては素直なものでした。**あの人が言論の任にあれば、きっとお力添えになりましょう。**気心の知れた人が諫官になれば、味方が増える、と。司馬光はそこを聞き逃しませんでした。**淳甫が私に過ちがあるのを見て、それを言わずにおくとでも思っているのか。**諫官が味方になった時点で、その職は死にます。推薦した相手を、自分の側に数えないという線引きでした。
この章句が説くこと
正言に除せらる客に温公に言う者有り公言路に在れば必ず能く協済せん子は淳甫が光に過ち有るを見て言わずと謂うか殆ど然らざるなり諫官独立
関連する章句
-
尉繚子・十二陵悔いは疑わしきを任ずるに在り。
-
論語・顔淵篇樊遅、仁を問う。子曰く、「人を愛す。」知を問う。子曰く、「人を知る。」樊遅未だ達せず。子曰く、「直きを挙げて諸を枉れるに錯けば、能く枉れる者をして直からしむ。」樊遅退きて、子夏を見て曰く、「郷に吾夫子に見えて知を問う。子曰く、『直きを挙げて諸を枉れるに錯けば、能く枉れる者をして直からしむ』と。何の謂いぞや。」子夏曰く、「富めるかな言や。舜、天下を有ちて、衆に選びて皋陶を挙ぐ。不仁者遠ざかれり。湯、天下を有ちて、衆に選びて伊尹を挙ぐ。不仁者遠ざかれり。」
-
論語・公冶長篇孟武伯問う、「子路は仁なりや。」子曰く、「知らざるなり。」又問う。子曰く、「由や、千乗の国、其の賦を治めしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「求や何如。」子曰く、「求や、千室の邑、百乗の家、之が宰たらしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「赤や何如。」子曰く、「赤や、束帯して朝に立ち、賓客と言わしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」
-
論語・為政篇哀公問いて曰く、「何を為さば則ち民服せん。」孔子対えて曰く、「直きを挙げて諸(これ)を枉れるに錯(お)かば、則ち民服せん。枉れるを挙げて諸を直きに錯かば、則ち民服せず。」
-
尚書・說命中惟れ治乱は庶官に在り。官は私昵に及ぼさず、惟れ其の能のみ。爵は悪徳に及ぼす罔く、惟れ其の賢のみ。
-
論語・子路篇仲弓、季氏の宰と為り、政を問う。子曰く、「有司を先にす。小過を赦す。賢才を挙ぐ。」曰く、「焉んぞ賢才を知りて之を挙げん。」曰く、「爾の知る所を挙げよ。爾の知らざる所は、人其れ諸を舎てんや。」