宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
初公自河陽入覲都人環觀相謂曰此公還朝百姓之幸也至是士民相慶既受命出殿門武夫衛卒皆歡抃咨歎慈聖光獻太后聞公進尤喜曰積德之門也温公在洛聞公登樞以書遺都下友人曰晦叔進用天下皆喜以為治表聞其尤力辭光不敢致書君宜勸之早就職
新字:初公自河陽入覲都人環観相謂曰此公還朝百姓之幸也至是士民相慶既受命出殿門武夫衛卒皆歓抃咨嘆慈聖光献太后聞公進尤喜曰積徳之門也温公在洛聞公登枢以書遺都下友人曰晦叔進用天下皆喜以為治表聞其尤力辞光不敢致書君宜勧之早就職
書き下し
初め公河陽より入覲す。都人環り觀て相い謂いて曰く、此の公の還朝は百姓の幸いなりと。是に至りて士民相い慶す。既に命を受けて殿門を出づるに、武夫衛卒皆歡抃咨歎す。慈聖光獻太后公の進むを聞きて尤も喜びて曰く、積德の門なりと。温公洛に在りて公の樞に登るを聞き、書を以て都下の友人に遺りて曰く、晦叔の進用は天下皆喜びて以て治の表と爲す。其の尤も力めて辭するを聞く。光敢えて書を致さず。君宜しく之を勸めて早く職に就かしむべしと。
現代語訳
はじめ公は河陽から参内した。都の人は取り巻いて見て、互いに言い合った。「この公が朝廷に戻るのは、百姓の幸いだ」。このときに至って、士も民も互いに祝った。任命を受けて殿門を出ると、武人も衛兵もみな喜び手を打ち、感嘆した。慈聖光献太后は公が登用されたと聞いてとりわけ喜び、言った。「徳を積んだ家である」。司馬光は洛陽にあって、公が枢密に上ったと聞き、手紙を都の友人に送って言った。「晦叔の登用は天下がみな喜び、治まる兆しとしている。ところが、たいそう力を尽くして辞退していると聞く。私からは手紙を出せない。君がこれを勧めて、早く職に就かせてほしい」。
解説
喜んだ人が並んだ後に、司馬光の手紙が置かれています。手紙の一行が独特でした。**私からは手紙を出せない。**同じ立場で、同じように辞退を重ねてきた人です。その人が就任を勧めれば、辞退を否定することになる。あるいは徒党を組んだと見られる。だから第三者に頼みました。**君がこれを勧めて、早く職に就かせてほしい。**望んでいることは強い。それでも自分の名は使わない。
この章句が説くこと
此の公の還朝は百姓の幸いなり既に命を受けて殿門を出づるに武夫衛卒皆歓抃咨嘆す晦叔の進用は天下皆喜びて以て治の表と為す光敢えて書を致さず君宜しく之を勧めて早く職に就かしむべし就任辞退
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