宋名臣言行録 / 後集巻十二・劉安世
昔有與蘇子瞻論元祐人材者至公則曰器之真鐵漢不可及也
新字:昔有与蘇子瞻論元祐人材者至公則曰器之真鉄漢不可及也
書き下し
昔、蘇子瞻と元祐の人材を論ずる者有り。公に至れば則ち曰く、器之は真の鐵漢なり、及ぶ可からず、と。
現代語訳
昔、蘇軾と元祐の人材について論じた者があった。劉安世のところに来ると、蘇軾はこう言った。「器之は本物の鉄の男だ。及ぶことができない」。
解説
二十五字で、この人の巻が閉じます。人物を次々に評していって、劉安世のところで一言だけ置きました。器之は本物の鉄の男だ。才を褒めていません。曲がらなかったこと、それだけを指しています。そして自分を下に置いて終えました。及ぶことができない。同じ嶺南の流刑をともにした人の評です。この巻を初めから読むと、五年かけて得た「誠」の一字が、この二文字に化けたことが分かります。
この章句が説くこと
昔蘇子瞻と元祐の人材を論ずる者有り公に至れば則ち曰く器之は真の鉄漢なり及ぶ可からず人物評価
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