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宋名臣言行録 / 後集巻十二・劉安世

公在宋杜門屏跡不妄交遊人罕見其面然田夫野叟市井細民以謂若過南京不見劉待制如過泗州不見大聖及公殁耆老士庶婦人女子持薫劑誦佛經而哭公者日數千人後二年虜人驅墳戸發棺見公顔貎如生咸驚曰必異人也一無所動葢棺而去

新字:公在宋杜門屏跡不妄交遊人罕見其面然田夫野叟市井細民以謂若過南京不見劉待制如過泗州不見大聖及公殁耆老士庶婦人女子持薫剤誦仏経而哭公者日数千人後二年虜人駆墳戸発棺見公顔貎如生咸驚曰必異人也一無所動葢棺而去

書き下し

公宋に在り、門を杜ざし跡を屏け、妄りに交遊せず。人罕に其の面を見る。然れども田夫野叟・市井の細民、以謂えらく、若し南京を過ぎて劉待制に見えざれば、泗州を過ぎて大聖に見えざるが如し、と。公の殁するに及び、耆老士庶・婦人女子、薫劑を持し佛經を誦して公を哭する者、日に數千人。後二年、虜人墳戸を驅りて棺を發く。公の顔貌生けるが如きを見る。咸な驚きて曰く、必ず異人なり、と。一も動かす所無く、棺を蓋いて去る。

現代語訳

劉安世は宋州にあって、門を閉ざし人前に出ず、みだりに人と交わらなかった。その顔を見た人はまれであった。それでも農夫や田舎の老人、市井の庶民たちはこう言った。「もし南京(応天府)を通って劉待制にお目にかからなければ、泗州を通って大聖(僧伽大師)にお参りしないのと同じだ」。劉安世が没すると、老人も士人も庶民も、婦人も娘たちも、香を手に持ち仏典を唱えて劉安世を哭する者が、日に数千人にのぼった。その二年後、異国の兵が墓守を駆り立てて棺を暴いた。劉安世の顔かたちが生きているようであるのを見た。みな驚いて言った。「これは必ず異人である」。何一つ持ち去らず、棺に蓋をして立ち去った。

解説

人付き合いをしなかった人の、死後の光景です。まず前提が置かれます。**門を閉ざし人前に出ず、みだりに人と交わらなかった。その顔を見た人はまれであった。**それでも土地の人の口には、参詣先のように名が挙がっていました。**南京を通って劉待制にお目にかからなければ、泗州を通って大聖にお参りしないのと同じだ。**そして数千人が泣きに来ます。顔を売らなくても伝わるものがある、という書き方です。棺を暴いた兵まで手を引いて去りました。

この章句が説くこと

公宋に在り門を杜ざし跡を屏け妄りに交遊せず人罕に其の面を見る若し南京を過ぎて劉待制に見えざれば泗州を過ぎて大聖に見えざるが如し耆老士庶・婦人女子薫剤を持し仏経を誦して公を哭する者日に数千人公の顔貌生けるが如きを見る咸な驚きて曰く必ず異人なり評判交際

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