言志四録 / 南洲手抄
喪己斯喪人。喪人斯喪物。
書き下し
己を喪へば斯に人を喪ふ。人を喪へば斯に物を喪ふ。
現代語訳
自分を見失えば、そこで人との関わりも失う。人との関わりを失えば、そこで物事も失う。
解説
すべての土台は「己」だと一斎は説きます。自分の芯、すなわち本然の自己を見失った人は、他者と正しく向き合えなくなり、やがて人望を失う。人を失えば、事業も財も成り立たなくなる——己・人・物は、この順で連鎖して崩れていきます。裏を返せば、外の成果を求める前に、まず自分を確立せよということです。人間関係や仕事のつまずきの根を、環境や相手ではなく自分の内側に探す視点を与えてくれます。物事がうまく回らないときほど噛みしめたい、因果の順序を説いた一条です。
この章句が説くこと
自己確立人望因果修養
関連する章句
-
『塩鉄論』非鞅篇文學曰く、比干の心を剖かれ、子胥の鴟夷にせらるるは、輕がるしく君を犯して以て身を危うくし、強いて諫めて以て名を干むるに非ざるなり。憯怛の忠誠、心內に動きて、禍患の外に發するを忘る、志は君を匡し民を救うに在り、故に身死して怨まず。君子は是を行う能うも非を禦ぐ能わず、刑戮の中に在りと雖も、其の罪に非ざるなり。是を以て比干死して殷人怨み、子胥死して吳人恨む。今秦は商鞅の法を怨毒すること、私仇よりも甚だし、故に孝公卒するの日、國を舉げて之を攻む、東西南北奔り走るべき莫し、天を仰ぎて嘆じて曰く、『嗟乎、政を為すの弊、斯くの極みに至れるか』と。卒に車裂族夷せられ、天下の笑いと為る。斯の人は自ら殺せるなり、人の之を殺すに非ざるなり。
-
『春秋左氏伝』文公十六年 蕩意諸、君に殉ず宋の公子鮑國人に禮す。宋饑う、其の粟を竭くして之に貸す。年七十より以上は、饋詒せざる無し。時に羞珍異を加ふ。日として六卿の門に數々せざる無し。國の材人、事へざる無し。親は桓より以下、恤れまざる無し。公子鮑美にして豔なり、襄夫人之に通ぜんと欲す、而も可(き)かず。夫人之が施しを助く。昭公無道なり、國人公子鮑を奉じて以って夫人に因る。是に於いて華元右師と為り、公孫友左師と為り、華耦司馬と為り、鱗鱹司徒と為り、蕩意諸司城と為り、公子朝司寇と為る。初め、司城蕩卒す。公孫壽司城を辭し、意諸をして之と為さしめんことを請ふ。既にして人に告げて曰く、「君無道なり、吾が官近し、及ばんことを懼る。官を棄つれば則ち族庇ふ所無し。子は、身の貳なり。姑く死を紓(ゆる)べん。子を亡ふと雖も、猶ほ族を亡はず」と。既にして、夫人將に公をして孟諸に田せしめて之を殺さんとす。公之を知り、盡く寶を以って行く。蕩意諸曰く、「盍ぞ諸侯に適かざる」と。公曰く、「其の大夫に能はず、君祖母に至り、以って國人に及ぶ。諸侯誰か我を納れん。且つ既に人の君と為りて、又人の臣と為るは、死するに如かず」と。盡く其の寶を以って左右に賜ひ、以って行らしむ。夫人司城をして公を去らしめんとす。對へて曰く、「之に臣として其の難を逃れば、後の君を若何せん」と。冬、十一月、甲寅、宋の昭公將に孟諸に田せんとして、未だ至らず。夫人王姬帥甸をして攻めて之を殺さしむ。蕩意諸之に死す。書に曰く、「宋人其の君杵臼を弒す」と、君無道なればなり。文公位に即き、母弟須をして司城と為さしむ。華耦卒して、蕩虺をして司馬と為さしむ。
-
李衛公問対・卷中文は能く衆を附け、武は能く敵を威す。
-
『学問のすゝめ』十七編・人望論・人に当てにせらるる人物十人の見るところ、百人の指すところにて、「何某は慥かなる人なり、たのもしき人物なり、この始末を託しても必ず間違いなからん、この仕事を任しても必ず成就することならん」と、あらかじめその人柄を当てにして世上一般より望みをかけらるる人を称して、人望を得る人物という。およそ人間世界に人望の大小軽重はあれども、かりそめにも人に当てにせらるる人にあらざれば、なんの用にも立たぬものなり。その小なるを言えば、十銭の銭を持たせて町使いに遣る者も、十銭だけの人望ありて、十銭だけは人に当てにせらるる人物なり。十銭より一円、一円より千円万円、ついには幾百万円の元金を集めたる銀行の支配人となり、または一府一省の長官となりて、ただに金銭を預かるのみならず、人民の便不便を預かり、その貧富を預かり、その栄辱をも預かることあるものなれば、かかる大任に当たる者は、必ず平生より人望を得て、人に当てにせらるる人にあらざれば、とても事をなすことは叶い難し。
-
史記 魏公子列伝無忌は大梁に在りし時より、常にこの両人の賢なるを聞き、趙に至りて、見ゆるを得ざらんことを恐る。無忌の従ひて游ぶを以てするも、尚ほその我を欲せざるを恐る、今平原君は乃ち以て羞と為す、それ従ひて遊ぶに足らず」と。乃ち装して去らんと為す。夫人具に以て平原君に語る。平原君乃ち冠を免ぎて謝し、固く公子を留む。平原君の門下これを聞き、半ば平原君を去りて公子に帰し、天下の士また往きて公子に帰す、公子は平原君の客を傾く。
-
説苑・臣術楚の令尹死す。景公成公幹に遇いて曰く、「令尹将た焉くにか帰せん」と。成公幹曰く、「殆ど屈春に於いてか」と。景公怒りて曰く、「国人以て我に帰すと為す」と。成公幹曰く、「子の資少なく、屈春の資多し。子義天下の至憂を獲て、而れども以て友と為す。鳴鶴と芻狗と、其の知甚だ少なきも、而れども子之を玩ぶ。鴟夷子皮日に屈春に侍し、損頗友と為る。二人の智、以て令尹と為るに足るも、敢えて其の智を専らにせずして之を屈春に委ぬ。故に曰く、政其れ屈春に帰せんかと」と。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る