宋名臣言行録 / 後集巻十二・劉安世
至夜半伺公則酣寝鼻息如雷忽聞鐘動上下驚曰鐘聲何太早也黎明問之鳴鐘者乃運判一夕嘔血而斃矣明日有客唁者曰若人不死則公未可知矣然公亦無喜色於是見公處死不亂如此
新字:至夜半伺公則酣寝鼻息如雷忽聞鐘動上下驚曰鐘声何太早也黎明問之鳴鐘者乃運判一夕嘔血而斃矣明日有客唁者曰若人不死則公未可知矣然公亦無喜色於是見公処死不乱如此
書き下し
夜半に至りて公を伺えば、則ち酣寝して鼻息雷の如し。忽ち鐘の動くを聞く。上下驚きて曰く、鐘聲何ぞ太だ早きや、と。黎明之を問えば、鐘を鳴らす者は、乃ち運判一夕にして血を嘔きて斃れたり、と。明日客の唁する者有りて曰く、若し人死せずんば、則ち公未だ知る可からず、と。然れども公も亦た喜色無し。是に於いて公の死に處して亂れざること此くの如きを見る。
現代語訳
夜半になって劉安世の様子をうかがうと、ぐっすり眠っていて、いびきが雷のようであった。突然、鐘が鳴るのが聞こえた。上の者も下の者も驚いて言った。「鐘の音がどうしてこんなに早いのか」。夜明けにそれを尋ねると、鐘を鳴らしたのは、転運判官が一夜のうちに血を吐いて死んだからだという。翌日、見舞いに来た客があって言った。「もしあの男が死ななかったら、あなたの身がどうなっていたか分かりませんでした」。しかし劉安世には、やはり喜ぶ色がなかった。ここにおいて、劉安世が死に臨んで乱れないことが、これほどであったと分かる。
解説
七百五十字の一条が、この静かな場面で閉じます。まず眠りが書かれました。**ぐっすり眠っていて、いびきが雷のようであった。**次の朝、鐘の理由が分かります。**転運判官が一夜のうちに血を吐いて死んだ。**助かりました。ふつうなら安堵する場面です。ところが最後の一行が、この人物の描き方を決めています。**しかし劉安世には、やはり喜ぶ色がなかった。**恐れなかったのなら、助かっても喜ばない。二つで一つの態度だ、という締め方でした。
この章句が説くこと
夜半に至りて公を伺えば則ち酣寝して鼻息雷の如し鐘を鳴らす者は乃ち運判一夕にして血を嘔きて斃れたり若し人死せずんば則ち公未だ知る可からず然れども公も亦た喜色無し平常安堵
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