宋名臣言行録 / 後集巻十二・劉安世
其人飛馭徑驅至公貶所郡将遣其客来勸公治後事涕泣以言公色不動留客飲酒談笑自若俄報運使距郡城二十餘里翌日當至家人聞之益號泣不食且治公身後事而公飲食起居如平常曾無少異
新字:其人飛馭径駆至公貶所郡将遣其客来勧公治後事涕泣以言公色不動留客飲酒談笑自若俄報運使距郡城二十余里翌日当至家人聞之益号泣不食且治公身後事而公飲食起居如平常曽無少異
書き下し
其の人馭を飛ばして徑ちに驅せ、公の貶所に至る。郡將其の客を遣わして来たりて公に後事を治めんことを勸めしむ。涕泣して以て言う。公色動かず。客を留めて酒を飲み、談笑自若たり。俄かに報ず、運使郡城を距ること二十餘里、翌日當に至るべし、と。家人之を聞きて益ミ號泣して食らわず、且つ公の身後の事を治む。而れども公の飲食起居は平常の如く、曾て少しも異なる無し。
現代語訳
その男は馬を飛ばしてまっすぐに駆け、劉安世の流刑地に向かった。郡の長官は自分の食客を遣わし、劉安世に身の後始末をするように勧めさせた。使いは涙を流しながら告げた。劉安世は顔色一つ変えなかった。客を引き留めて酒を飲み、談笑して平然としていた。まもなく知らせが来た。転運使は郡城まで二十里余り、翌日には到着するという。家の者はこれを聞いていよいよ泣き叫び、食事も取らず、そのうえ劉安世の死後の始末を整えはじめた。それでも劉安世の飲み食いも起き伏しも普段どおりで、少しも変わったところがなかった。
解説
殺しに来る男が近づいてくる、その時間の描き方です。まわりの動きが先に書かれています。**郡の長官は自分の食客を遣わし、劉安世に身の後始末をするように勧めさせた。**忠告しに来た人が泣いています。家の者も同じでした。**いよいよ泣き叫び、食事も取らず、そのうえ劉安世の死後の始末を整えはじめた。**本人だけが変わりません。**客を引き留めて酒を飲み、談笑して平然としていた。**強がってみせた、とは書かれていません。**飲み食いも起き伏しも普段どおりで、少しも変わったところがなかった。**
この章句が説くこと
郡将其の客を遣わして来たりて公に後事を治めんことを勧めしむ公色動かず客を留めて酒を飲み談笑自若たり家人之を聞きて益ミ号泣して食らわず且つ公の身後の事を治む公の飲食起居は平常の如く曽て少しも異なる無し平常胆力
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