宋名臣言行録 / 後集巻十二・劉安世
公徧厯言路正色立朝知無不言言無不盡每以辨是非邪正為先進君子退小人為急其面折廷争至雷霆之怒赫然則執簡却立伺天威稍霽復前極論一時奏對且前且却者或至四五殿廷觀者皆汗縮竦聽目之曰殿上虎
新字:公遍厯言路正色立朝知無不言言無不尽毎以弁是非邪正為先進君子退小人為急其面折廷争至雷霆之怒赫然則執簡却立伺天威稍霽復前極論一時奏対且前且却者或至四五殿廷観者皆汗縮竦聴目之曰殿上虎
書き下し
公徧く言路を歷す。色を正して朝に立ち、知りて言わざる無く、言いて盡くさざる無し。每に是非邪正を辨ずるを以て先と爲し、君子を進め小人を退くるを以て急と爲す。其の面折廷爭、雷霆の怒り赫然たるに至れば、則ち簡を執りて却き立ち、天威の稍ミ霽るるを伺いて、復た前みて極論す。一時の奏對、且つ前み且つ却く者、或いは四五に至る。殿廷の觀る者皆な汗縮し竦聽す。之を目して殿上の虎と曰う。
現代語訳
劉安世は言論の官を一通り歴任した。顔つきを正して朝廷に立ち、知っていて言わないことがなく、言って言い尽くさないことがなかった。いつも是非と邪正を見分けることを第一とし、君子を登用し小人を退けることを急務とした。面と向かって折り、朝廷で争って、天子の怒りが雷のように激しくなると、笏を手にしたまま退いて立ち、その怒りが少し晴れるのを待って、また前に進み出て論じ尽くした。一度の応対で、進んでは退くことが、四度も五度も及ぶことがあった。殿上で見ている者は皆、汗をかいて身を縮め、息を詰めて聞いていた。人々はこれを見て「殿上の虎」と呼んだ。
解説
怒られても引かない、という話ではありません。いったん引いています。**天子の怒りが雷のように激しくなると、笏を手にしたまま退いて立ち。**その場で押し返せば、話が怒りの応酬になります。だから間を置く。**その怒りが少し晴れるのを待って、また前に進み出て論じ尽くした。**そしてこれを繰り返しました。**一度の応対で、進んでは退くことが、四度も五度も及ぶことがあった。**押し切ったのではなく、引き際と戻り際を測り続けた人の異名が「殿上の虎」でした。
この章句が説くこと
色を正して朝に立ち知りて言わざる無く言いて尽くさざる無し雷霆の怒り赫然たるに至れば則ち簡を執りて却き立つ天威の稍ミ霽るるを伺いて復た前みて極論す一時の奏対且つ前み且つ却く者或いは四五に至る諫言間合
関連する章句
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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