宋名臣言行録 / 後集巻十二・劉安世
溫公薦充館職因謂公曰知所以相薦否公曰獲從公遊舊矣溫公曰非也光居閒足下時節問訊不絶光位政府足下獨無書此光之所以相薦也
新字:温公薦充館職因謂公曰知所以相薦否公曰獲従公遊旧矣温公曰非也光居閒足下時節問訊不絶光位政府足下独無書此光之所以相薦也
書き下し
温公薦めて館職に充つ。因りて公に謂いて曰く、相い薦むる所以を知るや否や、と。公曰く、公に從いて遊ぶを獲ること舊し、と。温公曰く、非なり。光閒に居るとき、足下時節の問訊絶えず。光政府に位するとき、足下獨り書無し。此れ光の相い薦むる所以なり、と。
現代語訳
司馬光は劉安世を推薦して館職に充てた。そのとき劉安世に言った。「私が推薦したわけが分かるか」。劉安世は言った。「先生のもとでお付き合いいただくのが長いからでしょう」。司馬光は言った。「違う。私が閑職にいたとき、そなたは折々の便りを絶やさなかった。私が政府の地位に就いたとき、そなただけが手紙をよこさなかった。これが私の推薦したわけだ」。
解説
五十七字で、人の見分け方が一つ示されています。見ていたのは付き合いの長さではありませんでした。私が閑職にいたとき、そなたは折々の便りを絶やさなかった。力のない相手に、続けて連絡をした。そして反対側も見ています。私が政府の地位に就いたとき、そなただけが手紙をよこさなかった。力を持った途端に近づかない。二つ揃ってはじめて、利で動いていないと分かります。片方だけなら、どうとでも見えました。
この章句が説くこと
温公薦めて館職に充つ因りて公に謂いて曰く相い薦むる所以を知るや否や光閒に居るとき足下時節の問訊絶えず光政府に位するとき足下独り書無し此れ光の相い薦むる所以なり推挙人物
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