宋名臣言行録 / 後集巻十二・王巖叟
又少進曰陛下今日進聖學者正欲理㑹邪正兩字正人在朝則朝廷安人君無過舉天下平治邪人一進則朝廷便有不安之象非謂一人便能如此乃其類應之者衆上下䝉蔽人主無由得知不覺養成禍患爾二聖深然之
新字:又少進曰陛下今日進聖学者正欲理会邪正両字正人在朝則朝廷安人君無過舉天下平治邪人一進則朝廷便有不安之象非謂一人便能如此乃其類応之者衆上下䝉蔽人主無由得知不覚養成禍患爾二聖深然之
書き下し
又た少しく進みて曰く、陛下今日聖學を進むるは、正に邪正の兩字を理會せんと欲すればなり。正人朝に在れば則ち朝廷安く、人君過舉無く、天下平治す。邪人一たび進めば則ち朝廷便ち不安の象有り。一人便ち能く此くの如しと謂うに非ず。乃ち其の類之に應ずる者衆く、上下蒙蔽して、人主知るを得るに由無く、覺えず禍患を養成するのみ、と。二聖深く之を然りとす。
現代語訳
さらに少し進み出て言った。「陛下が今日、聖人の学を進められるのは、まさに邪と正の二字を会得なさろうとしてのことです。正しい人が朝廷にあれば朝廷は安らかで、君主に誤った処置がなく、天下は平らかに治まります。よこしまな人がひとたび入れば、朝廷にはたちまち不穏な兆しが現れます。一人がそれほどの力を持つと申しているのではありません。その同類で呼応する者が多く、上も下も覆い隠されて、君主は知る手立てがなくなり、気づかぬうちに禍いを育ててしまう、ということです」。二人の聖上は深くこれをもっともとされた。
解説
学問の目的を、たった二字に絞りました。邪と正の二字を会得なさろうとしてのことです。そのうえで、よくある反論を先に潰します。一人くらい何ができる、という反論です。一人がそれほどの力を持つと申しているのではありません。害は本人ではなく、その後に来ます。その同類で呼応する者が多く、上も下も覆い隠されて、君主は知る手立てがなくなる。一人を入れると経路ができ、経路ができると情報が届かなくなる。気づかぬうちに禍いを育ててしまう。
この章句が説くこと
陛下今日聖学を進むるは正に邪正の両字を理会せんと欲すればなり正人朝に在れば則ち朝廷安く人君過舉無く天下平治す一人便ち能く此くの如しと謂うに非ず其の類之に応ずる者衆く上下蒙蔽して人主知るを得るに由無し人選同類
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