宋名臣言行録 / 後集巻十二・王巖叟
凡京城偷者所聚謂之大房多在僻逺每區容數十百人公密令掩捕毁徹隨情處决遂以無盜居民開戸而寢供備庫使曹讀以其物産貿易萬緡市儈稽違逾年止輸其半讀盡力無可頼一日開户外有錢聲償數皆足讀怪念之詢其由乃曰王公今日知府矣
新字:凡京城偷者所聚謂之大房多在僻遠毎区容数十百人公密令掩捕毁徹随情処決遂以無盗居民開戸而寝供備庫使曹読以其物産貿易万緡市儈稽違逾年止輸其半読尽力無可頼一日開戸外有銭声償数皆足読怪念之詢其由乃曰王公今日知府矣
書き下し
凡そ京城の偷者の聚まる所、之を大房と謂う。多くは僻遠に在り。每區數十百人を容る。公密かに掩捕せしめ、毀徹して情に隨いて處决す。遂に以て盜無く、居民戸を開きて寢ぬ。供備庫使曹讀、其の物産を以て貿易すること萬緡。市儈稽違すること逾年、止だ其の半ばを輸す。讀力を盡くすも頼る可き無し。一日戸を開けば、外に錢の聲有り。償う數皆な足る。讀怪しみて之を念い、其の由を詢う。乃ち曰く、王公今日府を知る、と。
現代語訳
おおよそ都で盗人の集まる場所を「大房」といった。多くは辺鄙なところにあり、一区画に数十人から百人を収容していた。王巌叟はひそかに踏み込んで捕らえさせ、建物を取り壊し、事情に応じて処断した。そこで盗みがなくなり、住民は戸を開けたまま眠った。供備庫使の曹読が、自分の物産を売買して一万緡になった。ところが仲買人が引き延ばすこと一年余り、半分しか納めなかった。曹読は手を尽くしたがどうにもならなかった。ある日、戸を開けると外で銭の音がする。返済の額はどれも足りていた。曹読は不審に思ってあれこれ考え、そのわけを尋ねた。すると相手は言った。「王公が今日から府の長官になられたのです」。
解説
前半は盗人の巣を潰した話、後半はまったく別の借金の話です。並べてあるのが眼目でした。曹読は一年、自分の力で取り立てようとして届かなかった。**曹読は手を尽くしたがどうにもならなかった。**それが一夜で片づきます。理由は本人の努力とは無関係でした。**王公が今日から府の長官になられたのです。**着任しただけで、まだ何もしていません。誰が上に立つかが分かった時点で、払わない側の計算が変わった、という記録です。
この章句が説くこと
凡そ京城の偷者の聚まる所之を大房と謂う公密かに掩捕せしめ毀徹して情に随いて処決す遂に以て盗無く居民戸を開きて寝ぬ王公今日府を知る治安抑止
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