宋名臣言行録 / 前集巻六・陳堯佐
知開封府公以謂治煩之術任威以擊強盡察以防姦譬於激水而欲其澄也故公為政一以誠信每嵗正月夜放燈則悉籍惡少年禁錮之公召諭曰尹以惡人待汝汝忍為惡耶因盡縱之凡五夜無一人犯法者
新字:知開封府公以謂治煩之術任威以撃強尽察以防姦譬於激水而欲其澄也故公為政一以誠信毎歳正月夜放灯則悉籍悪少年禁錮之公召諭曰尹以悪人待汝汝忍為悪耶因尽縦之凡五夜無一人犯法者
書き下し
開封府を知る。公以謂えらく、煩を治むるの術、威に任せて以て強を擊ち、察を盡くして以て姦を防ぐは、水を激して其の澄むを欲するに譬うと。故に公の政を為すや、一に誠信を以てす。毎歳正月、夜、燈を放つ。則ち悉く惡少年を籍して之を禁錮す。公召して諭して曰く、尹、惡人を以て汝を待つ。汝、忍びて惡を為さんやと。因りて盡く之を縱つ。凡そ五夜、一人の法を犯す者無し。
現代語訳
開封府の長官となった。公はこう考えた。煩わしさを治めるやり方として、威をふるって強い者を打ち、探索を尽くして悪事を防ぐのは、水をかき立てて澄ませようとするようなものだ、と。だから公の政は、ひたすら誠と信によった。毎年正月、夜に灯籠を出す催しがあった。そのつど不良少年をみな名簿に載せて監禁していた。公は呼び出して諭して言った。「府尹は、悪人としておまえたちを扱ってきた。おまえたちは、それでも悪事を働くのに忍びないだろう」。そのまま全員を釈放した。五夜のあいだ、一人も法を犯す者がなかった。
解説
予防拘禁をやめた条です。前置きの喩えが効いています。威をふるって強い者を打ち、探索を尽くして悪事を防ぐのは、水をかき立てて澄ませようとするようなもの。そして呼び出して告げた言葉が、この条の中身です。府尹は悪人としておまえたちを扱ってきた。おまえたちは、それでも悪事を働くのに忍びないだろう。扱いを変えることで応じ方を変えさせた。五夜、一人も法を犯しませんでした。
この章句が説くこと
威に任せて以て強を撃ち察を尽くして以て姦を防ぐは水を激して其の澄むを欲するに譬う威に任せて以て強を擊ち察を尽くして以て姦を防ぐは水を激して其の澄むを欲するに譬う尹悪人を以て汝を待つ汝忍びて悪を為さんや凡そ五夜一人の法を犯す者無し信頼予防
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