宋名臣言行録 / 後集巻十二・王巖叟
九月除侍御史左右正言久闕公上疏願詔補諌臣無令久虚其職
書き下し
九月侍御史に除せらる。左右の正言久しく闕く。公疏を上りて、詔して諫臣を補い、久しく其の職を虚しくせしむる無からんことを願う。
現代語訳
九月、侍御史に任じられた。左右の正言(諫官)の席が長らく空いていた。王巌叟は上疏して、詔を下して諫官を補い、その職を長く空席のままにさせないようにと願い出た。
解説
二十六字の短い条ですが、目の付け所が独特です。誰かの不正を訴えたのではありません。**左右の正言の席が長らく空いていた。**空席は、誰も反対しないので誰も騒ぎません。しかも諫官の席だけは、空いていること自体が都合のよい人がいます。だから放っておけば埋まらない。**その職を長く空席のままにさせないように。**制度は、廃止しなくても人を置かなければ止まります。止まっていることを言うのが、この人の仕事でした。
この章句が説くこと
九月侍御史に除せらる左右の正言久しく闕く詔して諫臣を補わんことを願う久しく其の職を虚しくせしむる無からん諫官空席
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