牧民忠告 / 宣化
朝廷德澤,牧民者多屯而不能宣布。我朝自世祖皇帝迨今數十百年,列聖相承,何善不施,何弊不治?凡所以保國順民者,討論靡遣,所謂文武之道,布在方冊。但有司寖廢而不為申明,遂為墜典。苟能揭而行之,則不待他求而治道備矣。
新字:朝廷徳沢,牧民者多屯而不能宣布。我朝自世祖皇帝迨今数十百年,列聖相承,何善不施,何弊不治?凡所以保国順民者,討論靡遣,所謂文武之道,布在方冊。但有司寖廃而不為申明,遂為墜典。苟能掲而行之,則不待他求而治道備矣。
書き下し
朝廷の德澤(とくたく)、民を牧する者多く屯(とど)まりて宣布(せんぷ)する能(あた)わず。我が朝、世祖皇帝より今に迨(およ)ぶまで數十百年、列聖相い承け、何の善か施さざる、何の弊か治めざる。凡そ國を保ち民に順(したが)う所以の者は、討論靡(な)びき遣(のこ)されず、所謂(いわゆる)文武の道、布(し)きて方冊(ほうさく)に在り。但(た)だ有司寖(ようや)く廢して申明を為さず、遂に墜典(ついてん)と為る。苟(いやし)くも能く揭(かか)げて之を行わば、則ち他に求むるを待たずして治道備わらん。
現代語訳
朝廷の恩恵は、民を治める役人の多くが滞らせて広く行き渡らせられずにいる。我が元朝は世祖皇帝以来数十年から百年、代々の聖帝が受け継ぎ、施さなかった善政はなく、治めなかった弊害もない。国を保ち民に従わせるための方策は、議論し尽くされて余すところがなく、いわゆる文武の道は書物に記されている。ただ役人が次第にこれを廃れさせて明らかにしなくなり、ついに忘れられた制度となってしまった。もしこれを掲げて実行することができれば、他に求めずとも統治の道は十分に備わるだろう。
解説
「申舊制」は、新しい制度を求めるのではなく、既に定められた良法を再び明らかにし実行せよと説く一条である。張養浩は、歴代の朝廷が積み重ねてきた善政の蓄積は既に文献に尽くされているのに、現場の役人が怠慢によってそれを埋もれさせていると指摘する。組織においても、新しい施策を次々に打ち出すよりも、既存の規則や理念が形骸化していないか点検し、これを掘り起こして周知徹底することの方が実効性が高い場合が多い。制度は作った時点で終わりではなく、絶えず「申明」し続けて初めて機能する。現代の管理職にも、新制度導入の前にまず既存の仕組みを見直す姿勢が求められる。
この章句が説くこと
申旧制制度文武の道申明
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