宋名臣言行録 / 後集巻十二・劉摯
哲宗嗣位公復任言責上疏曰陛下春秋鼎盛在所資養願選忠信孝悌淳茂老成之人以充勸講進讀之任便殿燕坐時賜廷對執經誦讀以廣睿智
新字:哲宗嗣位公復任言責上疏曰陛下春秋鼎盛在所資養願選忠信孝悌淳茂老成之人以充勧講進読之任便殿燕坐時賜廷対執経誦読以広睿智
書き下し
哲宗位を嗣ぎ、公復た言責に任ず。疏を上りて曰く、陛下春秋鼎盛なり、資養する所に在り。願わくは忠信孝悌淳茂老成の人を選びて、以て勸講進讀の任に充て、便殿燕坐の時、廷對を賜い、經を執りて誦讀し、以て睿智を廣めしめんことを、と。
現代語訳
哲宗が位を継ぎ、劉摯はふたたび言論の責めを負う官に就いた。上疏して言った。「陛下はお年がまさに伸び盛りであり、大切なのは何によって養われるかにあります。どうか、忠信・孝悌にして人柄が厚く老成した人を選び、進講と読み合わせの任に充て、便殿でくつろいでおられるときにも御前での応対を許し、経書を手に取って読み上げさせ、それによって聡明さを広げていただきたいと存じます」。
解説
幼い天子が即位した直後の上疏です。何を教えるかより先に、誰を置くかを言いました。忠信・孝悌にして人柄が厚く老成した人を選び。才気ではなく、人柄と年功で選べという指定です。そしてもう一つ、時間の指定があります。便殿でくつろいでおられるときにも御前での応対を許し。正式な講義の場だけでは足りない。くつろいだ時間に誰がそばにいるかで人は変わる、という考え方です。若い人の育ち方を、環境の設計として見ています。
この章句が説くこと
陛下春秋鼎盛なり資養する所に在り忠信孝悌淳茂老成の人を選びて以て勧講進読の任に充てん便殿燕坐の時廷対を賜い経を執りて誦読す以て睿智を広めしめん教育人選
関連する章句
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