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宋名臣言行録 / 後集巻十二・劉摯

荆公初秉政公除御史論率錢助役官自雇人略舉十害時御史中丞楊繪亦上疏論新政并公章下司農寺司農條件詰難劾繪與公險詖欺誕中有向背有㫖分析

新字:荆公初秉政公除御史論率銭助役官自雇人略舉十害時御史中丞楊絵亦上疏論新政并公章下司農寺司農条件詰難劾絵与公険詖欺誕中有向背有旨分析

書き下し

荊公初めて政を秉る。公御史に除せらる。錢を率めて役を助け、官自ら人を雇うことを論じ、略ミ十害を舉ぐ。時に御史中丞楊繪も亦た疏を上りて新政を論ず。并せて公の章を司農寺に下す。司農條件して詰難し、繪と公とを險詖欺誕、中に向背有りと劾す。㫖有りて分析せしむ。

現代語訳

王安石がはじめて政権を握った。劉摯は御史に任じられ、銭を割り当てて労役に代え、役所が自分で人を雇うという法(募役法)について論じ、おおよそ十の害を挙げた。当時、御史中丞の楊絵もまた上疏して新政を論じた。あわせて劉摯の上奏文が司農寺に下された。司農寺は条項ごとに反駁し、楊絵と劉摯を、よこしまで人を欺いており、腹の中に向き背きがある、と弾劾した。詔が下り、釈明せよと命じられた。

解説

新法を批判した文書が、その新法を所管する役所へ回されました。**あわせて劉摯の上奏文が司農寺に下された。**批判された側が採点する形です。返ってきたのは条文ごとの反論と、人格への攻撃でした。**よこしまで人を欺いており、腹の中に向き背きがある。**中身の当否ではなく、動機が疑わしいという言い方です。そして立場が入れ替わります。**詔が下り、釈明せよと命じられた。**問う側だった者が、答える側に置かれました。

この章句が説くこと

銭を率めて役を助け官自ら人を雇うことを論じ略ミ十害を舉ぐ并せて公の章を司農寺に下す司農条件して詰難し絵と公とを険詖欺誕中に向背有りと劾す旨有りて分析せしむ新法弾劾

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