宋名臣言行録 / 後集巻十一・蘓頌
公嘗言吾每聞前輩善言則終身佩服少時聞計用章郎中為吏以循良稱數典大郡政績尤異因造請求異聞其可紀者曰人主不宜有所好有所好則腹心肝膽皆在人矣故好征戰則孫武呉起之徒出而民殘於干戈矣好刑名則韓非張湯之徒出而民苦於刻核矣好聚歛則桑羊皇鎛之徒出而民困於掊克矣好順從則張禹胡廣之徒出而民敝於誇大矣豈惟人主學士大夫亦宜知之夫神龍騰驤豈可羈也然或豢養於人者謂其有嗜欲也
新字:公嘗言吾毎聞前輩善言則終身佩服少時聞計用章郎中為吏以循良称数典大郡政績尤異因造請求異聞其可紀者曰人主不宜有所好有所好則腹心肝胆皆在人矣故好征戦則孫武呉起之徒出而民残於干戈矣好刑名則韓非張湯之徒出而民苦於刻核矣好聚歛則桑羊皇鎛之徒出而民困於掊克矣好順従則張禹胡広之徒出而民敝於誇大矣豈惟人主学士大夫亦宜知之夫神竜騰驤豈可羈也然或豢養於人者謂其有嗜欲也
書き下し
公嘗て言う、吾前輩の善言を聞く每に則ち終身佩服す。少き時、計用章郎中の吏と爲りて循良を以て稱せられ、數ミ大郡を典り政績尤も異なるを聞く。因りて造り請いて異聞を求む。其の紀す可き者に曰く、人主は好む所有るべからず。好む所有れば則ち腹心肝膽皆な人に在り。故に征戰を好めば則ち孫武・呉起の徒出でて、民は干戈に殘わる。刑名を好めば則ち韓非・張湯の徒出でて、民は刻核に苦しむ。聚歛を好めば則ち桑弘羊・皇甫鎛の徒出でて、民は掊克に困しむ。順從を好めば則ち張禹・胡廣の徒出でて、民は誇大に敝る。豈に惟だ人主のみならんや。學士大夫も亦た宜しく之を知るべし。夫れ神龍騰驤す、豈に羈す可けんや。然れども或いは人に豢養せらるるは、其の嗜欲有るを謂うなり、と。
現代語訳
蘇頌はかつて言った。「私は先人のよい言葉を聞くたびに、生涯忘れずに身につけてきた。若いころ、郎中の計用章が官吏として法にかない良吏と称され、たびたび大きな郡を治めて実績がとりわけ抜きん出ている、と聞いた。そこで訪ねて行って、まだ聞いたことのない話を求めた。その書き留めるに足る言葉はこうだ。君主は好むものを持ってはならない。好むものがあれば、腹の底も肝も胆も、すべて他人の手の内に入ってしまう。だから戦を好めば孫武や呉起のたぐいが現れて、民は武器で損なわれる。刑名の学を好めば韓非や張湯のたぐいが現れて、民は苛酷な取り締まりに苦しむ。財を集めるのを好めば桑弘羊や皇甫鎛のたぐいが現れて、民は搾り取られて困窮する。従順を好めば張禹や胡広のたぐいが現れて、民は誇張と粉飾に疲れ果てる。これは君主だけのことではない。学者も士大夫もまた、これを知っておくべきだ。そもそも神龍が躍り上がるのを、綱でつなぐことなどできようか。それでも人に飼い慣らされることがあるのは、その龍に欲しがるものがあるからだ」。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第十四一上の剛强成る男の仕形は、平生も陣の時は猶ほ以て人にもかまはず働き、前にも我しはざを分別にて工夫し、其塲へ出ては機のきいたる才覚を以て手抦をせんと思ふより、人にも一円搆はぬ者なり、二中の機のきいたる男は上の人に負けまじと機をきいて馳り廻り、上の人におとりて見へぬ者なり、三下の男は只の儀もなく上中の人がゆかば、我等もまいらんとて、ふたりの人に目をつけてつきそひまはる者なり、四其外の男は皆人なみと申すなり、上の男は侍百人の中にふたり、中の男は百人の内に六人、下の男は百人の中に十二人、残て八十人は並なり、
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『徂徠先生答問書』卷中されば人々如此心懸候故、見え兼るもことわりにて候。足下も御先祖様の時代の事御聞可被成候。今の世より見候へば、其時分に名を申候能人と申候は皆疵物にて候。是別の子細に無御座候。其時分はぬり隠し申候事無御座候故、疵見え申候。疵見え申候得ば、人才は見え申候。今時も世上の悪俗に染不申候人は疵多く御座候間、疵物にならでは人才はなき物と被思召、疵物の内にて御ゑらび可被成候。疵もなく才も長じ候人を御尋候はゞ、最前申候御物ずきの注文と申物にて、疵なき人は郷原か巧言令色か扨は庸人と可被思召候。以上。
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尉繚子・武議兵を起こして直ちに甲冑をして蟣蝨(きしつ)を生ぜしむる者は、必ず吾が効用を為す所なり。鷙鳥の雀を逐ふに、人の懐を襲ひ、人の室に入る者有るは、生を出だすに非ざるなり、後ろに憚る有ればなり。太公望、年七十にして、牛を朝歌に屠り、食を盟津に売り、七十余を過ぐるも主聴かず、人人之を狂夫と謂ふなり。文王に遇ふに及びては、則ち三万の衆を提げ、一戦して天下定まる、武議に非ずんば安くんぞ能く此に合はんや。故に曰く、
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『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事且又役人を年久しく役換をさせねは、述懐することなく、其の役に器量相応にて、能く役儀のことを取り捌く人を外の役に替ふることは惜きことなり、是によりて一役に久しく仕置きて役換を申付ぬ時、加增か官位この外仕方なし、是上より下へ賜はりて下たるものに、勇まする道具少き故人を使ふに行支なるなり、町奉行、盗賊奉行なとをする人、役儀を能く勤めて外の役に換へ措しけれと、加增も度々はやられす、是非なく大目付などに役換をさせて、外の人を後役に申付たるとき、幾人申付けても初め大目付に役換をさせたる人の如き人なからんとき、又其人を元役に返すこと後へ歩むことなれは申付け難し、是は譬なり、外の役儀にも箇様なることあるへし、此差支皆な一役一席に立てたるより起りたるなり、
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