宋名臣言行録 / 後集巻十一・蘓頌
王禹玉元厚之諸公嘗問曰公記之博以至國朝典故本末無遺日月不差用何術也公曰某每以一嵗中大事為目欲記當年事則不忘矣如某年改元其年有某事某年上即位其年上有某事某年立后若太子其年有某事某年命相其年有某事則記事之一法也後觀太史公書是嵗孔子生是嵗孔子卒是嵗齊威㑹葵丘是嵗晉文始霸之類恐亦此意也元曰不然至於暗記經史黙詠詩書以至士大夫家世閥閱名諱婚姻無遺忘者又以何法乃真强記爾
新字:王禹玉元厚之諸公嘗問曰公記之博以至国朝典故本末無遺日月不差用何術也公曰某毎以一歳中大事為目欲記当年事則不忘矣如某年改元其年有某事某年上即位其年上有某事某年立后若太子其年有某事某年命相其年有某事則記事之一法也後観太史公書是歳孔子生是歳孔子卒是歳斉威会葵丘是歳晉文始覇之類恐亦此意也元曰不然至於暗記経史黙詠詩書以至士大夫家世閥閱名諱婚姻無遺忘者又以何法乃真强記爾
書き下し
王禹玉・元厚之の諸公嘗て問いて曰く、公の記の博きこと、國朝の典故の本末遺す無く、日月差わざるに至る。何の術を用うるや、と。公曰く、某は每に一歲中の大事を以て目と爲す。當年の事を記さんと欲すれば則ち忘れず。如し某年改元すれば其の年に某事有り、某年上即位すれば其の年上に某事有り、某年后若しくは太子を立つれば其の年に某事有り、某年相に命ずれば其の年に某事有り。則ち事を記すの一法なり。後に太史公の書を觀るに、是の歲孔子生まれ、是の歲孔子卒し、是の歲齊の威葵丘に會し、是の歲晉の文始めて霸たり、の類、恐らくは亦た此の意ならん、と。元曰く、然らず。經史を暗記し詩書を黙詠するに至り、以て士大夫の家世・閥閱・名諱・婚姻に至るまで遺忘無き者は、又た何の法を以てするか。乃ち真の强記なるのみ、と。
現代語訳
王珪・元絳らがかつて尋ねた。「あなたの記憶の広さは、本朝の典例のいきさつを漏らさず、年月日も違わないほどです。どういう方法を使っておられるのか」。蘇頌は言った。「私はいつも、その一年のなかの大きな出来事を見出しにしています。その年の事を思い出そうとすれば、忘れません。たとえば、某年に改元があった、その年に某の事があった。某年に天子が即位した、その年に天子に某の事があった。某年に皇后あるいは太子を立てた、その年に某の事があった。某年に宰相を任じた、その年に某の事があった。これが事を記憶する一つの方法です。後に司馬遷の書を見ると、この年に孔子が生まれた、この年に孔子が没した、この年に斉の桓公が葵丘で会盟した、この年に晋の文公がはじめて覇者となった、といったたぐいがあり、おそらくこれも同じ考えでしょう」。元絳は言った。「そうではない。経書や史書をそらで覚え、詩書を黙って口ずさみ、さらには士大夫の家柄・家格・忌み名・縁組にいたるまで忘れることがないというのは、いったいどんな方法でできるのか。これはもう本物の記憶力というだけだ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻十一・蘓頌公侍讀を兼ね、奏言す。國朝の典章は大抵唐の舊に沿襲す。史官の記す所、善惡咸な備わる。乞う、史官・學士に詔して、新舊唐書の中の臣主の行う所を採錄し、日に數事を進めて以て聖覽に備えしめんことを、と。遂に經筵の官に詔す、講讀に非ざる日に遇わば、漢唐の故事十條を進めよ、と。
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『宋名臣言行録』前集巻九・孫甫公は博學强記なり。尤も唐事を言うに善し。能く其の君臣の行事の本末を詳らかにして、以て當時の治亂を推見す。毎に人の爲に説くこと、其の身、其の間に□るが如し。而して聽く者曉然として目に見るが如し。故に學者以爲えらく、終嵗、史を讀むは、一日、公の論を聞くに如かずと。著す所の唐史記七十五巻、論議閎贍なり。書、未だ成るに及ばずして公巳に卒す。詔して其の書を取りて秘府に藏せしむ。
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『宋名臣言行録』後集巻十一・蘓頌公金華に在り。進讀する每に兵を弭め民を息わしむるに至れば、則ち必ず反覆條奏し、古今を援引して、上をして兵を弭め民を息わしむるの意を忘れざらしむ。以爲えらく、人主の聰明は嚮う所有る可からず。嚮う所有れば則ち偏る。偏れば則ち患を爲すこと大なり。當今守成の際、之に應ずるに無心を以てすれば、則ち天下治まらざる無し、と。
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『宋名臣言行録』後集巻十一・蘓頌公嘗て云う、吾平生未だ嘗て私事を以て人主に干めず。奏對は惟だ義理の言のみ。故に四朝に歷仕し、中間謫せらると雖も、過ちを觀るに愧じず。而して神考以謂えらく、直は久しくして自ら明らかなり、と。
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『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光幼き時、記誦の人に如かざるを患う。羣居して講習し、衆兄弟既に誦を成して遊息す。獨り帷を下ろし編を絶ち、能く倍誦するに迨びて乃ち止む。力を用うること多き者は功を收むること遠し。其の精誦する所は乃ち終身忘れざるなり。公嘗て言う、書は誦を成さざる可からず。或いは馬上に在り、或いは中夜寝ねざる時に、其の文を詠じ其の義を思わば、得る所多からんと。
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『宋名臣言行録』後集巻十一・蘓頌子容以謂えらく、賊の己に干らざる者を吿げ捕えしめ、而も主を變じて匿名にするは、本と未だ深く過つに足らず。而るに先帝猶お吿訐の風を長ぜんことを恐る。此れ所謂忠厚の至りなり。然れども熙寧・元豐の間、一法を立つる每に、手實・鹽と牛皮とを禁ずるの類の如きは、皆重賞を立てて以て吿訐する者を勸む。此れ當時の小人の爲す所にして、先帝の本意に非ず、と。時に范祖禹坐に在りて曰く、當に之を實錄に書すべし、と。