宋名臣言行録 / 後集巻十一・蘓頌
公兼侍讀奏言國朝典章大抵㳂襲唐舊史官所記善惡咸備乞詔史官學士採錄新舊唐書中臣主所行日進數事以備聖覽遂詔經筵官遇非講讀日進漢唐故事十條
新字:公兼侍読奏言国朝典章大抵㳂襲唐旧史官所記善悪咸備乞詔史官学士採録新旧唐書中臣主所行日進数事以備聖覧遂詔経筵官遇非講読日進漢唐故事十条
書き下し
公侍讀を兼ね、奏言す。國朝の典章は大抵唐の舊に沿襲す。史官の記す所、善惡咸な備わる。乞う、史官・學士に詔して、新舊唐書の中の臣主の行う所を採錄し、日に數事を進めて以て聖覽に備えしめんことを、と。遂に經筵の官に詔す、講讀に非ざる日に遇わば、漢唐の故事十條を進めよ、と。
現代語訳
蘇頌は侍読を兼ね、こう上奏した。「わが国の制度は、おおむね唐の旧制を受け継いでいます。史官の記したものには、善も悪もそろって備わっています。どうか史官と学士に詔を下し、新旧の『唐書』のなかから臣下と君主の行いを採録させ、日ごとに数件を差し上げて天子の御覧に備えさせてください」。そこで経筵の官に詔が下った。「講義や読み合わせのない日には、漢唐の故事十条を差し上げよ」。
解説
経書の講義だけでは足りない、という提案です。理由の立て方が実務的でした。わが国の制度は、おおむね唐の旧制を受け継いでいます。同じ仕組みで動いた前例だから参考になる、と。そして史書の値打ちを、成功談ではないところに置いています。史官の記したものには、善も悪もそろって備わっています。失敗も残っているから使える。しかも量を絞りました。日ごとに数件を差し上げて。講義のない日に十条ずつ、という運びになりました。
この章句が説くこと
国朝の典章は大抵唐の旧に沿襲す史官の記す所善悪咸な備わる新旧唐書の中の臣主の行う所を採録し日に数事を進めて以て聖覧に備えしめん講読に非ざる日に遇わば漢唐の故事十条を進めよ故事学習
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