宋名臣言行録 / 前集巻九・孫甫
公博學强記尤善言唐事能詳其君臣行事本末以推見當時治亂毎為人説如其身□其間而聽者曉然如目見故學者以為終嵗讀史不如一日聞公論也所著唐史記七十五巻論議閎贍書未及成公巳卒詔取其書藏秘府
新字:公博学強記尤善言唐事能詳其君臣行事本末以推見当時治乱毎為人説如其身□其間而聴者暁然如目見故学者以為終歳読史不如一日聞公論也所著唐史記七十五巻論議閎贍書未及成公巳卒詔取其書蔵秘府
書き下し
公は博學强記なり。尤も唐事を言うに善し。能く其の君臣の行事の本末を詳らかにして、以て當時の治亂を推見す。毎に人の爲に説くこと、其の身、其の間に□るが如し。而して聽く者曉然として目に見るが如し。故に學者以爲えらく、終嵗、史を讀むは、一日、公の論を聞くに如かずと。著す所の唐史記七十五巻、論議閎贍なり。書、未だ成るに及ばずして公巳に卒す。詔して其の書を取りて秘府に藏せしむ。
現代語訳
公は博学で記憶が強かった。とりわけ唐の事を語るのが上手かった。その君と臣の行いの一部始終を詳しくして、それによって当時の治乱を推し量って見せることができた。人のために説くたび、その身がその中に□るかのようであった。そして聴く者ははっきりと、目に見るようであった。だから学ぶ者はこう考えた。「一年じゅう史書を読むのは、一日、公の論を聞くに及ばない」。著したのは『唐史記』七十五巻。論議は広く豊かであった。書がまだ完成しないうちに、公は亡くなった。詔が下ってその書を取り、秘府に蔵させた。
解説
語り方が記録された条です。君と臣の行いの一部始終を詳しくして、それによって当時の治乱を推し量って見せる。筋道を通して見せています。その身がその中にいるかのようで、聴く者ははっきりと目に見るようであった。そして学ぶ者の評が痛快です。一年じゅう史書を読むのは、一日、公の論を聞くに及ばない。読むのと、筋を通した話を聞くのは別だ、ということです。原文の□は四庫全書本の欠字です。
この章句が説くこと
能く其の君臣の行事の本末を詳らかにして以て当時の治乱を推見す聴く者暁然として目に見るが如し終歳史を読むは一日公の論を聞くに如かず歴史語り筋道
関連する章句
-
『春秋左氏伝』昭公十八年 学は殖なり六月、鄅人稻を藉(し)く。邾人鄅を襲ふ。鄅人將に門を閉ぢんとす。邾人羊羅、其の首を攝(と)る。遂に之に入り、盡く俘にして以て歸る。鄅子曰く、「余歸る無し」と。帑に從ひて邾に於いてす。邾の莊公鄅の夫人を反し、而して其の女を舍(とど)む。秋、曹の平公を葬る。往く者周の原伯魯に見え、之と語る。學を說ばず。歸りて以て閔子馬に語る。閔子馬曰く、「周其れ亂れんか。夫れ必ず多く是の說有りて、而る後に其の大人に及ぶ。大人失ふを患へて惑ひ、又曰く、『以て學ぶこと無かる可し。學ぶこと無きも害あらず』と。害あらずとして學ばざれば、則ち苟くも可なりとす。是に於いてか下陵ぎ上替(すた)る。能く亂るること無からんや。夫れ學は殖なり。學ばざれば將に落ちんとす。原氏其れ亡びんか」と。
-
論語・季氏篇孔子曰く、「『善を見ては及ばざるが如くし、不善を見ては湯を探るが如くす。』吾其の人を見たり、吾其の語を聞けり。『隠居して以て其の志を成し、義を行いて以て其の道を達す。』吾其の語を聞けり、未だ其の人を見ざるなり。」
-
『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・昨日の所信は今日の疑団となり然りしこうして今この責めに任ずる者は、他なし、ただ一種わが党の学者あるのみ。学者勉めざるべからず。けだしこれを思うはこれを学ぶに若かず。幾多の書を読み、幾多の事物に接し、虚心平気、活眼を開き、もって真実のあるところを求めなば、信疑たちまちところを異にして、昨日の所信は今日の疑団となり、今日の所疑は明日氷解することもあらん。学者勉めざるべからざるなり。
-
論語・雍也篇子、子夏に謂いて曰く、女(なんじ)は君子の儒たれ、小人の儒たるなかれ。
-
論語・里仁篇子曰わく、賢を見ては斉しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる。
-
論語・雍也篇子曰わく、賢なるかな回や!一簞の食、一瓢の飲、陋巷に在り。人はその憂えに堪えずといえども、回やその楽しみを改めず。賢なるかな回や。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る