宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
㓜時患記誦不如人羣居講習衆兄弟既成誦㳺息矣獨下帷絶編迨能倍誦乃止用力多者收功逺其所精誦乃終身不㤀也公嘗言書不可不成誦或在馬上或中夜不寢時詠其文思其義所得多矣
新字:幼時患記誦不如人羣居講習衆兄弟既成誦遊息矣独下帷絶編迨能倍誦乃止用力多者収功遠其所精誦乃終身不㤀也公嘗言書不可不成誦或在馬上或中夜不寝時詠其文思其義所得多矣
書き下し
幼き時、記誦の人に如かざるを患う。羣居して講習し、衆兄弟既に誦を成して遊息す。獨り帷を下ろし編を絶ち、能く倍誦するに迨びて乃ち止む。力を用うること多き者は功を收むること遠し。其の精誦する所は乃ち終身忘れざるなり。公嘗て言う、書は誦を成さざる可からず。或いは馬上に在り、或いは中夜寝ねざる時に、其の文を詠じ其の義を思わば、得る所多からんと。
現代語訳
幼いころ、暗誦が人に及ばないことを気にしていた。みなで集まって講義を受け、兄弟たちがもう暗誦できるようになって遊びに出ても、ひとり帷を下ろし、書物の綴じ紐が切れるまで読み、人の倍を誦せるようになってはじめてやめた。力を多く使う者は、収める功も遠くまで届く。その念入りに誦したものは、生涯忘れなかった。司馬光はかつて言った。「書は暗誦できるようにしなければならない。あるいは馬の上で、あるいは夜中に寝つけないときに、その文を口ずさみ、その意味を思えば、得るところが多い」。
解説
前の条では七歳で講義を再現していた人が、自分では暗誦が苦手だと思っていました。幼いころ、暗誦が人に及ばないことを気にしていた。そこで時間を足しています。兄弟たちがもう暗誦できるようになって遊びに出ても、ひとり帷を下ろし、人の倍を誦せるようになってはじめてやめた。そして差がついたのは速さではなく、残り方でした。その念入りに誦したものは、生涯忘れなかった。使いどころも具体的です。馬の上で、夜中に寝つけないときに。
この章句が説くこと
幼き時記誦の人に如かざるを患う衆兄弟既に誦を成して遊息す独り帷を下ろし編を絶つ力を用うること多き者は功を収むること遠し其の精誦する所は乃ち終身忘れざるなり記憶努力
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