宋名臣言行録 / 後集巻十一・蘓頌
公掌天官每選人改官京朝官使臣闗陞磨勘或以功過當陞降者吏洗垢求瑕故為稽滯公敇吏曰某官緣某事當㑹某處仍引合用條格具委無漏落狀同上自是吏不得逞每訴者至必取案牘使自省閲訴者服乃退其不服公必往復詰難度可行行之茍有疑則為之奏請㦯建白都堂故士大夫受賜多而不得者亦以為無可憾
新字:公掌天官毎選人改官京朝官使臣関陞磨勘或以功過当陞降者吏洗垢求瑕故為稽滞公敇吏曰某官縁某事当会某処仍引合用条格具委無漏落状同上自是吏不得逞毎訴者至必取案牘使自省閲訴者服乃退其不服公必往復詰難度可行行之苟有疑則為之奏請㦯建白都堂故士大夫受賜多而不得者亦以為無可憾
書き下し
公天官を掌る。選人の官を改め、京朝官・使臣の關陞・磨勘、或いは功過を以て陞降に當たる者有る每に、吏は垢を洗いて瑕を求め、故らに稽滯を爲す。公吏に敕して曰く、某官は某事に緣りて當に某處に會すべし。仍お合に用うべき條格を引き、具さに漏落無きの狀を委ねて同に上れ、と。是れより吏逞しくするを得ず。訴うる者至る每に、必ず案牘を取りて自ら省閲せしむ。訴うる者服して乃ち退く。其の服せざれば、公必ず往復して詰難し、行う可きを度りて之を行う。苟くも疑い有れば則ち之が爲に奏請し、或いは都堂に建白す。故に士大夫の賜を受くる者多くして、得ざる者も亦た以て憾む可き無しと爲す。
現代語訳
蘇頌は人事の官を預かった。候補の官を改任し、京朝官や使臣の昇進・勤務評定、あるいは功過によって昇降にあたる者があるたびに、下役の吏は垢をこすって傷を探し、わざと手続きを滞らせた。蘇頌は吏に命じて言った。「某官は某の事によって某の条に当たるはずである。そのうえで適用すべき条文を引き、漏れがない旨の書面を添えて、いっしょに上げよ」。これ以後、吏は勝手を働けなくなった。不服を訴える者が来るたびに、必ず書類そのものを取り出して本人に読ませた。訴えた者は納得して退いた。それでも納得しない場合は、蘇頌は必ず何度でもやり取りして問い詰め合い、通せると判断すれば通した。少しでも疑わしいところがあれば、その者のために上奏し、あるいは都堂に建議した。だから恩恵を受けた士大夫は多く、得られなかった者もまた、恨むところがないとした。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・談道・人事は就ち是れ天命人事は就ち是れ天命なり。
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『晏子春秋』諫上・景公愛嬖妾隨其所欲晏子諫翟王子羨景公に臣たり、重駕を以てす。公之を観て説ばず。嬖人嬰子之を観んと欲す。公曰く、「晏子の寝病するに及ばん」と。囿中の台上に居りて以て之を観る。嬰子之を説び、因りて之が為に請いて曰く、「厚く之に禄せよ」と。公許諾す。晏子病を起こして公に見ゆ。公曰く、「翟王子羨の駕、寡人甚だ之を説ぶ。請う之をして示さしめんか」と。晏子曰く、「駕御の事、臣は職として焉に無し」と。公曰く、「寡人一たび之を楽しみ、是れ之に禄するに万鐘を以てせんと欲す、其れ足るか」と。対えて曰く、「昔、衛士東野の駕するや、公之を説び、嬰子説ばず、公因りて説ばず、遂に観ず。今、翟王子羨の駕するや、公説ばず、嬰子説び、公因りて之を説ぶ。請を為し、公之を許す、則ち是れ婦人の制を為すなり。且つ人を治むるを楽しまず、馬を治むるを楽しみ、賢人に厚く禄せず、禦夫に厚く禄す。昔者、先君桓公の地は今より狭きに、法治を修め、政教を広め、以て諸侯に霸たり。今君は、一諸侯も能く親しむ無く、歳凶にして年饑え、道途の死者相い望む。君は此れを憂恥せず、惟だ耳目の楽しみを図り、先君の功烈を修めず、惟だ駕御の伎を飾る、則ち公の民を顧みずして国を忘るること甚だしきなり。
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『春秋左氏伝』僖公二十七年 蒍賈、賀さず二十七年春、杞の桓公來朝す。夷禮を用ゐる、故に「子」と曰ふ。公杞を卑しむ、杞共ならざればなり。夏、齊の孝公卒す。齊の怨み有れども、喪紀を廢せず、禮なり。秋、杞に入る、無禮を責むるなり。楚子將に宋を圍まんとし、子文をして兵を睽に治めしむ。終朝にして畢り、一人をも戮せず。子玉復た兵を蒍に治む。終日にして畢り、七人を鞭ち、三人の耳を貫く。國老皆子文を賀す、子文之に酒を飲ましむ。蒍賈尚ほ幼し、後れて至り、賀せず。子文之を問ふ。對へて曰く、「賀する所を知らず。子の政を子玉に傳ふるや、曰く、『以て國を靖んずるなり』と。諸を內に靖んじて諸を外に敗らば、獲る所幾何ぞ。子玉の敗るるは、子の舉なり。舉げて以て國を敗らば、將た何をか賀せん。子玉は剛にして無禮、以て民を治むべからず。三百乘を過ぎば、其れ以て入る能はざらん。苟も入りて賀すとも、何の後るることか之れ有らん」と。
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『韓非子』説疑第四十四従ひて之を罰す。是を以て賢良遂に進みて姦邪並びに退く、故に一挙して能く諸侯を服す。其の記に在りて曰く、堯に丹朱有り、而して舜に商均有り、啓に五観有り、商に太甲有り、武王に管・蔡有り。五王の誅する所の者は、皆父兄子弟の親なり、而して殺して其の身を亡ぼし、其の家を残破する所の者は何ぞや。其の国を害し民を傷つけ法類を敗るを以てなり。其の挙ぐる所を観れば、或いは山林藪沢巌穴の間に在り、或いは囹圄緤紲纏索の中に在り、或いは割烹芻牧飯牛の事に在り。然れども明主は其の卑賤を羞ぢざるなり、其の能の以て法を明らかにし、国を便にし民を利すべきを以て、従ひて之を挙げ、身安く名尊し。乱主は則ち然らず、
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『墨子』尚同中今、王公大人の刑政を為すは則ち此を舉ぐ。政、以て便辟を屬し、父兄故舊に宗りて、以て左右と為し、置きて以て正長と為す。民、上の正長を置くの、正しく以て民を治むるに非ざるを知る。是を以て皆な比周隠匿して、肯えて其の上に尚同すること莫し。是の故に上下、義を同じくせず。若し茍くも上下、義を同じくせざれば、賞譽も以て善を勸むるに足らずして、刑罰も以て暴を沮むるに足らず。
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『韓非子』外儲説右下第三十五是に於て燕王因りて国を挙げて之に属す、子之大いに重し。一に曰く、潘寿は、隠者なり。燕人をして之を聘せしむ。潘寿燕王に見えて曰く、「臣子之の益の如くならんことを恐るるなり」と。王曰く、「何の益ぞや」と。対へて曰く、「古者禹死し、将に天下を益に伝へんとす、啓の人因りて相与に益を攻めて啓を立つ。今王子之を信愛し、将に国を子之に伝へんとす、太子の人尽く印を懐き、子之の人為る者一人の朝廷に在る者無し。王不幸にして羣臣を弃てなば、則ち子之も亦益ならん」と。王因りて吏の璽を収め、三百石より以上皆之を子之に効す、子之大いに重し。夫れ人主の鏡照とする所以の者は、諸侯の士徒なり、今諸侯の士徒は皆私門の党なり。人主の自ら浅娋する所以の者は、巌穴の士徒なり、今巌穴の士徒は皆私門の舎人なり。是れ何ぞや。奪褫の資子之に在ればなり。故に呉章曰く、「人主は佯りて人を憎愛せず。佯りて人を愛すれば、復た憎むを得ざるなり。佯りて人を憎めば、復た愛するを得ざるなり」と。一に曰く、燕王国を子之に伝へんと欲するや、之を潘寿に問ふ、対へて曰く、「禹益を愛して天下を益に任じ、已にして啓の人を以て吏と為す。老ゆるに及びて、啓を以て天下に任ずるに足らずと為す、故に天下を益に伝ふ、而して勢重尽く啓に在るなり。已にして啓友党と益を攻めて之が天下を奪ふ、是れ禹名は天下を益に伝へて、実は啓をして自ら之を取らしむるなり。此れ禹の堯・舜に及ばざること明らかなり。今王之を子之に伝へんと欲す、而して吏太子の人に非ざる者無きなり、是れ名は之を伝へて実は太子をして自ら之を取らしむるなり」と。燕王乃ち璽を収め、三百石より以上皆之を子之に効す、子之遂に重し。

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