呂氏春秋 / 有度①
賢主有度而聽,故不過。有度而以聽,則不可欺矣,不可惶矣,不可恐矣,不可喜矣。以凡人之知,不昏乎其所已知,而昏乎其所未知,則人之易欺矣,可惶矣,可恐矣,可喜矣,知之不審也。
新字:賢主有度而聴,故不過。有度而以聴,則不可欺矣,不可惶矣,不可恐矣,不可喜矣。以凡人之知,不昏乎其所已知,而昏乎其所未知,則人之易欺矣,可惶矣,可恐矣,可喜矣,知之不審也。
書き下し
賢主は度有りて聽く。故に過たず。度有りて以て聽けば、則ち欺むく可からず、惶わしむ可からず、恐れしむ可からず、喜ばしむ可からず。以うに凡そ人の知は、其の已に知る所に昏からずして、其の未だ知らざる所に昏し。則ち人の欺き易く、惶わしむ可く、恐れしむ可く、喜ばしむ可きは、知ること審らかならざればなり。
現代語訳
賢明な君主は基準(度)を持って聴く。だから過たない。基準を持って聴けば、欺くこともできず、惑わすこともできず、恐れさせることもできず、喜ばせて動かすこともできない。思うに、およそ人の知は、すでに知っていることには暗くないが、まだ知らないことには暗い。人が欺かれやすく、惑わされ、恐れさせられ、喜ばされてしまうのは、知り方が明らかでないからである。
解説
この段は「有度(基準を持つ)」篇の総論で、判断の拠りどころを内に持つ重要性を説きます。確たる基準があれば、他人の弁舌や脅し、甘言に心を動かされず、欺瞞に乗せられません。背景には、遊説の弁士や近臣が君主の感情を操って国政を歪めた戦国の実情があります。核心は、人は既知には強いが未知には脆く、その隙を突かれて操作されるという洞察です。現代でも、確固たる原則や評価軸を持たない意思決定者は、巧みな売り込みや世論の圧力、恐怖や高揚感に流されがちです。感情を揺さぶる情報に接しても、あらかじめ定めた基準に照らして判断する構えの大切さを教えます。
この章句が説くこと
有度基準君主欺瞞未知判断軸
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