宋名臣言行録 / 後集巻十一・蘓頌
元豐初白馬縣民有被盜者畏賊不敢告投匿名書於縣弓手甲得之而不識字以示門子乙乙為讀之甲以其言捕獲賊而乙爭其功吏以為法禁匿名書而賊以此發不敢處之死而投匿名者當流為情輕法重皆當奏蘇子容為開封尹方廢滑州白馬為邑上殿論賊可减死而投匿名者可免罪上曰此情雖極輕而告訐之風不可長乃杖而免之
新字:元豊初白馬県民有被盗者畏賊不敢告投匿名書於県弓手甲得之而不識字以示門子乙乙為読之甲以其言捕獲賊而乙争其功吏以為法禁匿名書而賊以此発不敢処之死而投匿名者当流為情軽法重皆当奏蘇子容為開封尹方廃滑州白馬為邑上殿論賊可减死而投匿名者可免罪上曰此情雖極軽而告訐之風不可長乃杖而免之
書き下し
元豐の初め、白馬縣の民に盜に遭う者有り。賊を畏れて敢えて吿げず、匿名の書を縣に投ず。弓手甲之を得たるも字を識らず、以て門子乙に示す。乙爲に之を讀む。甲其の言を以て賊を捕獲す。而して乙其の功を爭う。吏以爲えらく、法は匿名の書を禁ずるも、賊は此に因りて發せらる、敢えて之を死に處せず、而して匿名を投ずる者は當に流すべし、情輕くして法重しと爲す、皆當に奏すべし、と。蘇子容開封尹爲り。方に滑州の白馬を廢して邑と爲す。殿に上りて論ず、賊は死を减ず可く、匿名を投ずる者は罪を免る可し、と。上曰く、此の情極めて輕しと雖も、而れども吿訐の風は長ず可からず、と。乃ち杖して之を免ず。
現代語訳
元豊の初め、白馬県の民に盗賊の被害に遭った者があった。賊を恐れてあえて訴え出ず、匿名の書状を県に投げ入れた。弓手の甲がこれを拾ったが字が読めず、門番の乙に見せた。乙が読んでやった。甲はその言葉によって賊を捕らえた。ところが乙がその手柄を争った。役人は考えた。法は匿名の投書を禁じているが、賊はこれによって挙げられた。だから賊をあえて死罪にはできない。しかし匿名の書を投じた者は流罪にあたる。事情は軽いのに法は重い。いずれも上奏すべきである、と。蘇頌は開封尹であった。ちょうど滑州の白馬を廃して邑としたところだった。殿上に上って論じた。「賊は死一等を減じてよく、匿名の書を投じた者は罪を免じてよい」。天子は言った。「その事情はきわめて軽いとはいえ、密告の風潮は助長してはならない」。そこで杖罪にして放免した。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第四十八扨また諸人の批判には、さいげんなき法花坊機にあがらん、又はあぶられんとのさた也、奉行衆も此以前岩村田法華坊主、何にても證拠なきさへ以て御分国をはらはるゝ、まして是は大方の御成敗にては有間敷、いそぎ改め出し、日記に付、言上申べしとて書立を以て申上る、
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『政談』諸役人職分支配を分つ事譬へは国境郷村の境山垂れ等分明ならす、度々所々の公事絶ゆることなし、是兼ねて其の所を支配する人明かに我か支配を知らぬ故なり、其の支配所を知りて事出つへき所は下より申し出てすとも、申し立てゝ御当家の御定めありたきことなり、御当家の御定め無きに遠国の事を在江戸の奉行之を捌かんとするとも詮方なし、これによりてかろきみのう撿使につかはせはかりもの格を取証拠無けれは捌かれぬ故小田原又は信玄又は信長公又は太閤なとのときの奉行の書物を証拠とす、これは先方の時分にて惣体の模様違ひたる時代を証拠に引くこと埓もなきことなり、或は室町家或は鎌倉或は往古の綸旨等を証拠に引くも年数遥かに隔りて埓もなきことは、是れ皆奉行をする面々兎角何ことも先例を引き付けたるくせにて引くましき先例を引く也、是れ皆御当家の御定めなき故也、
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尚書・周官古に學びて官に入り、事を議するに制を以てすれば、政乃ち迷わず。
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