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宋名臣言行録 / 後集巻十一・蘓頌

充北朝生辰國信使在契丹遇冬至本朝厯先北朝一日北人問公孰是公曰厯家算術小異遲速不同謂如亥時節氣當交則猶是今夕若踰數刻即屬子時為明日矣或先或後各從本朝之厯可也北人以為然遂各以其日為節慶賀使還奏之上喜曰朕思之此最難處卿之所對極中事理

新字:充北朝生辰国信使在契丹遇冬至本朝厯先北朝一日北人問公孰是公曰厯家算術小異遅速不同謂如亥時節気当交則猶是今夕若踰数刻即属子時為明日矣或先或後各従本朝之厯可也北人以為然遂各以其日為節慶賀使還奏之上喜曰朕思之此最難処卿之所対極中事理

書き下し

北朝生辰の國信使に充てらる。契丹に在りて冬至に遇う。本朝の厯、北朝に先んずること一日なり。北人公に問う、孰れか是なると。公曰く、厯家の算術小しく異なれば遲速同じからず。謂わく、亥の時の如きは節氣當に交わるべければ則ち猶お是れ今夕なるも、若し數刻を踰ゆれば即ち子の時に屬して明日と爲るなり、と。或いは先んじ或いは後れ、各ミ本朝の厯に從いて可なり、と。北人以て然りと爲す。遂に各ミ其の日を以て節と爲して慶賀す。使還りて之を奏す。上喜びて曰く、朕之を思うに、此れ最も處し難し。卿の對うる所、極めて事理に中たれり、と。

現代語訳

北朝(契丹)の皇帝の誕生日を祝う国信使に任じられた。契丹にあって冬至にあたった。本朝の暦は北朝より一日早かった。契丹の人が蘇頌に尋ねた。「どちらが正しいのか」。蘇頌は言った。「暦を作る者の計算法が少し違えば、遅い早いも同じにはならない。たとえば亥の刻に節気がちょうど交わるのなら、それはまだ今夜のことだが、もし数刻を過ぎれば子の刻に入って明日ということになる。早いのも遅いのも、それぞれ自国の暦に従えばよいのです」。契丹の人はもっともだとした。そこで双方それぞれ自分の日を節として祝賀した。使者が帰ってこれを奏上した。天子は喜んで言った。「朕が考えるに、これはもっとも処置しがたい件だ。そなたの答えは、まことに事の理にかなっている」。

解説

どちらの国の暦が正しいか、と正面から問われた場面です。蘇頌は勝ち負けにしませんでした。まず、ずれの理由を技術の話に下ろします。**暦を作る者の計算法が少し違えば、遅い早いも同じにはならない。**そのうえで、境目のわずか数刻で日付が変わる例を出しました。**もし数刻を過ぎれば子の刻に入って明日ということになる。**だから結論はこうなります。**早いのも遅いのも、それぞれ自国の暦に従えばよいのです。**相手の面目を潰さず、こちらの暦も譲っていません。

この章句が説くこと

本朝の厯北朝に先んずること一日なり北人公に問う孰れか是なる厯家の算術小しく異なれば遅速同じからず或いは先んじ或いは後れ各ミ本朝の厯に従いて可なり遂に各ミ其の日を以て節と為して慶賀す外交対立

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