宋名臣言行録 / 後集巻十一・范純仁
其所出與外除及不使入朝者皆賢士清臣素所憚不可得而用者忠彦懦甚不能為之主曽布為右相用范致虛諌疏云河北三帥連衡恐非社稷之福劉安世吕希純同日報罷清臣亦為布所䧟出知北京
新字:其所出与外除及不使入朝者皆賢士清臣素所憚不可得而用者忠彦懦甚不能為之主曽布為右相用范致虚諌疏云河北三帥連衡恐非社稷之福劉安世呂希純同日報罷清臣亦為布所䧟出知北京
書き下し
其の出だす所と外除及び朝に入らしめざる者は皆賢士にして、清臣素より憚る所、得て用う可からざる者なり。忠彦懦なること甚だしく之が爲に主たる能わず。曾布右相と爲り范致虚を用う。諫疏に云う、河北の三帥は連衡す。恐らくは社稷の福に非ずと。劉安世・呂希純同日に罷を報ぜらる。清臣も亦た布の陷るる所と爲り、出でて北京を知す。
現代語訳
追い出された者、外に任じられた者、朝廷に入れさせなかった者は、みな賢士であって、李清臣がもとから恐れ、使いこなせなかった者たちである。韓忠彦はきわめて気弱で、そのために主となることができなかった。曾布が右相となり、范致虚を用いた。その諫めの上疏に言う。「河北の三人の帥が横につながっている。おそらく国家の福ではない」。劉安世と呂希純は同じ日に罷免を告げられた。李清臣もまた曾布に陥れられ、出て北京の知事となった。
解説
誰が外されたかで、外した人が分かる、という書き方です。**みな賢士であって、李清臣がもとから恐れ、使いこなせなかった者たちである。**恐れる相手を全部遠ざけた。ところが遠ざけた先で、その三人が並んでいることが、今度は謀反の証拠に仕立てられます。**河北の三人の帥が横につながっている。**追い出した側の理屈が、そのまま次の一手に使われる。そして本人も同じやり方で落とされました。
この章句が説くこと
其の出だす所と外除及び朝に入らしめざる者は皆賢士なり清臣素より憚る所得て用う可からざる者なり忠彦懦なること甚だしく之が為に主たる能わず河北の三帥は連衡す恐らくは社稷の福に非ず排除弱腰
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