宋名臣言行録 / 後集巻十一・范純仁
公在相位凡薦引人材必以天下公議所薦士未嘗知出於公公亦未嘗示恩意於人人或謂公曰身為宰相豈可不牢籠天下士使知出於門下公曰但願朝廷進用不失正人何必須使知出我門下邪
書き下し
公相位に在りて、凡そ人材を薦引するに必ず天下の公議を以てす。薦むる所の士は未だ嘗て公より出づるを知らず。公も亦た未だ嘗て恩意を人に示さず。人或いは公に謂いて曰く、身宰相と爲る。豈に天下の士を牢籠して門下より出づるを知らしめざる可けんやと。公曰く、但だ願わくは朝廷の進用正人を失わざらんことを。何ぞ必ずしも我が門下より出づるを知らしむるを須いんやと。
現代語訳
公は宰相の位にあって、人材を推挙するにあたっては必ず天下の公の議論によった。推挙された士は、それが公から出たことを知らなかった。公もまた恩を着せる素振りを人に見せなかった。ある人が公に言った。「宰相の身であるからには、天下の士を手なずけて、自分の門下から出たと知らせるべきではありませんか」。公は言った。「ただ願うのは、朝廷の登用が正しい人を取り逃さないことだけです。どうして自分の門下から出たと知らせる必要がありましょうか」。
解説
推挙が党を作る仕組みを、断ち切った条です。**推挙された士は、それが公から出たことを知らなかった。**知らせれば、その人は恩を感じます。恩を感じれば、いずれ返そうとする。そこから派閥ができる。だから知らせない。**恩を着せる素振りを人に見せなかった。**目的が一つに絞られています。**朝廷の登用が正しい人を取り逃さないことだけです。**自分に何が返るかは、目的に入っていません。
この章句が説くこと
公相位に在りて凡そ人材を薦引するに必ず天下の公議を以てす薦むる所の士は未だ嘗て公より出づるを知らず豈に天下の士を牢籠して門下より出づるを知らしめざる可けんや但だ願わくは朝廷の進用正人を失わざらんことを推挙恩
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