宋名臣言行録 / 後集巻十一・范純仁
表略云葢嘗先天下而憂期不負聖人之學此先臣所以教子而微臣資以事君又曰若宣仁之誣謗未明致保佑之憂勤不顯本權臣務快其私忿非泰陵實謂之當然以至未究流人之往愆悉以聖恩而特叙尚使存殁猶汚瑕疵又復未解疆□之嚴㡬空帑藏之積有城必守得地難耕凡此數端願留聖念
新字:表略云葢嘗先天下而憂期不負聖人之学此先臣所以教子而微臣資以事君又曰若宣仁之誣謗未明致保佑之憂勤不顕本権臣務快其私忿非泰陵実謂之当然以至未究流人之往愆悉以聖恩而特叙尚使存殁猶汚瑕疵又復未解疆□之厳㡬空帑蔵之積有城必守得地難耕凡此数端願留聖念
書き下し
表の畧に云う、蓋し嘗て天下に先んじて憂え、期して聖人の學に負かず。此れ先臣の子を教うる所以にして、微臣資して以て君に事う。又た曰く、若し宣仁の誣謗未だ明らかならずんば、保佑の憂勤をして顯れざらしむ。本と權臣其の私忿を快くするを務む。泰陵の實之を當然と謂うに非ず。以て未だ流人の往愆を究めずして悉く聖恩を以て特に叙するに至る。尚お存殁をして猶お瑕疵に汚さしむ。又た復た未だ疆□の嚴を解かず。㡬ど帑藏の積を空しくす。城有らば必ず守り、地を得るも耕し難し。凡そ此の數端、願わくは聖念を留めよ。
現代語訳
遺表の要点にこうある。「かつて天下に先んじて憂え、聖人の学に背かないことを期しました。これが亡き父が子を教えたゆえんであり、私はそれをもとにして君に仕えました」。また言う。「もし宣仁太后への根拠のない謗りが晴れないままなら、守り助けられた憂え励みが表に出ないことになります。もともと権勢を持つ臣が自分の私憤を晴らそうとしただけのことで、先帝が実際にそれを当然と考えられたのではありません。流された人々の過去の咎を究めもせずに、ことごとく聖恩によって特別に叙するに至っては、生きている者も亡くなった者も、なお疵に汚されたままになります。そのうえ国境の〔一字を欠く〕の厳しさをまだ解かず、国庫の蓄えをほとんど空にしています。城があれば必ず守らねばならず、土地を得ても耕しにくい。これらいくつかの点、どうか御心にお留めください」。
解説
この章句が説くこと
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『宋名臣言行録』後集巻十一・范純仁諫官と爲り、前後上の爲に言う。兵を休め事を省き、用を節し民を富ませ、君子を進め小人を退け、人材を愛し公論を申ぶるを急と爲す。聚斂を崇び苛刻を事とし、讒佞に親しみ偏聽に任ずるを戒めと爲す。大なれば則ち廷論し、小なれば則ち疏達す。未だ聽かれずんば則ち章を連ね牘を累ねて茍くも止めず。其の君子小人の際に於いては尤も反復激切、諱避する所無し。上方に治を求むるに鋭し。又た言う、道は遠し當に馴致すべし。事は大にして速やかに成し難し。人材は遽かに求む可からず。積□は頓に革む可からずと。公雅ミ荊公と厚善なり。是に至りて數ミ其の五霸富國強兵の術を以て人主を誤惑し天下の望を失うを言う。
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『宋名臣言行録』後集巻十一・范純仁公隨に在ること幾ど一年。州事は毫髪も必ず親らす。客至れば談笑終日、倦色無し。公素より目疾に苦しみ、忽ち全く其の明を失う。因りて上表して致仕を乞う。章惇堂吏を戒めて上るを得ざらしむ。蓋し公の復た㫖有り陳終して上意を移すを懼るるなり。遂に公を貶して永州に安置す。命下る。公怡然として道に就く。切に子弟を戒めて小しも不平の意有るを得ざらしめて曰く、是とせられずして悶ゆること無し。爾曹之を勉めよと。人或いは公を名に近しと謂う。公聞きて歎じて曰く、七十の年、兩目倶に喪す。萬里の行、豈に其れ欲せんや。但だ區區たる君を愛するの心、自ら已む能わず。人若し名を好むの嫌を避けば則ち善を爲すの路無からんと。