宋名臣言行録 / 後集巻十一・范純仁
公在隨㡬一年州事毫髪必親客至談笑終日無倦色公素苦目疾忽全失其明因上表乞致仕章惇戒堂吏不得上葢懼公復有㫖陳終移上意遂貶公永州安置命下公怡然就道切戒子弟不得小有不平意曰不見是而無悶爾曹勉之人或謂公為近名公聞而歎曰七十之年兩目俱䘮萬里之行豈其欲哉但區區愛君之心不能自巳人若避好名之嫌則無為善之路矣
新字:公在随㡬一年州事毫髪必親客至談笑終日無倦色公素苦目疾忽全失其明因上表乞致仕章惇戒堂吏不得上葢懼公復有旨陳終移上意遂貶公永州安置命下公怡然就道切戒子弟不得小有不平意曰不見是而無悶爾曹勉之人或謂公為近名公聞而嘆曰七十之年両目倶喪万里之行豈其欲哉但区区愛君之心不能自巳人若避好名之嫌則無為善之路矣
書き下し
公隨に在ること幾ど一年。州事は毫髪も必ず親らす。客至れば談笑終日、倦色無し。公素より目疾に苦しみ、忽ち全く其の明を失う。因りて上表して致仕を乞う。章惇堂吏を戒めて上るを得ざらしむ。蓋し公の復た㫖有り陳終して上意を移すを懼るるなり。遂に公を貶して永州に安置す。命下る。公怡然として道に就く。切に子弟を戒めて小しも不平の意有るを得ざらしめて曰く、是とせられずして悶ゆること無し。爾曹之を勉めよと。人或いは公を名に近しと謂う。公聞きて歎じて曰く、七十の年、兩目倶に喪す。萬里の行、豈に其れ欲せんや。但だ區區たる君を愛するの心、自ら已む能わず。人若し名を好むの嫌を避けば則ち善を爲すの路無からんと。
現代語訳
公は随州にあること一年近く。州の事務は髪一筋のことまで必ず自ら当たった。客が来れば一日じゅう談笑して、倦んだ顔色を見せなかった。公はもとから目の病に苦しんでおり、突然まったく視力を失った。そこで上表して引退を願い出た。章惇は中書の吏を戒めて、それを取り次がせなかった。公が重ねて上申して天子の意を動かすことを恐れたのである。そのまま公を貶して永州に置いた。命が下った。公は穏やかな顔で道に就いた。切に子弟を戒めて、少しも不平の色を見せてはならないと言った。「認められなくとも思い悩まない。おまえたちも努めよ」。ある人が公のことを名を求めているようだと言った。公は聞いて嘆じて言った。「七十の年で、両の目をともに失った。万里の旅路を、どうして望むだろうか。ただ、ささやかな君を愛する心が、自分でやめられないのだ。人がもし名を好むという嫌疑を避けようとすれば、善を行う道がなくなってしまう」。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・修身・名心盛んなる者は必ず偽を作す名心盛んなる者は必ず偽を作す。
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『呻吟語』外篇・品藻・名を好むの心之を為す名を好むの人は其の心を充たさば、父母兄弟妻子も都て顧み得ず。何となれば、名は兩つながら成らず、必ず相形して而る後に顯はるればなり。葉人の父の羊を攘むを證し、陳仲子の兄の鵝を受くるを惡み、周澤の妻の戒を破るを奏するは、皆な名を好むの心之を為すなり。
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『玉勝間』七の巻 もろこしに名高き物しり人の仏法を信じたりし事仏の道は、もろこしの国にて、世々に名高き儒者などの中にも、信じ尊みたるが、あまた聞こゆるによりては、まことに捨てがたき物にこそ、と思う人あんめれど、かのもろこしにて、然か名高き物知り人どもの、仏を信じ尊みたるようなるは、まことの心に信じ尊みたるは、いと少なくて、多くはただもてあそびたるにこそ有れ。さるは彼の道の説けるよう、あやしく広く大きにして、この世のほかを、とおく深く、さとり明らめたるさま、すべての心の掟など、めずらかにおかしき物なるが故に、詩作る人などは、更にも云わず、さらぬも、これをもてあそびて、風流のたすけにぞしたんめる。またその諸宗に、高僧と聞こゆる法師どもの中にも、実に尊み信じて、行いたるには有らで、世の中の人に尊まれ、いさぎよくいみしき名をとどめて、後の世まで仰がれむ為に、その道の書を深く学び、もろもろの欲をも忍び、たえがたき行いをもして、まことしげに振る舞いたるぞ、多く見えたんめる。そもそも利のため名のためには、命をさえに、惜しまぬたぐいも有るわざなれば、何かは、それはた怪しむべき事にも有らずかし。
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『驢鞍橋』卷下一日、去る者来て曰く、何某和尚は、道者と云はれ給ふか、又此頃は悪名世間に語り伝ふと云ふ。師聞て曰く、左も無くして、人に道者と貴はれたる咎遁れ難かるへし。天道是れを許さんや。夫れほど又世間に耻を曝らして、その報ひを返さで叶はす。或は機違ひ、或は死苦病苦强かるへし。総じて徳無くして人に貴はるゝ程の咎なし。又曰く、天然と通力抔有り、奇特の業を作す性は、悪の性、化物性也。たとひ通有りとも、一悪をも断替かする為めにも成るへからす、心は人に易らすして人に貴はるゝこと、大なる咎也。
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『童子問』卷下問ふ、中庸は声名の蛮貊に施き及ぶを以て、夫子の盛徳の験と為す。然れども仏・老子の名も亦然り。独り孔子のみならず。仏の称号に至りては、益々熾んなり。此の方には固より老子の宮無し。然れども漢土に在りては、道観と仏寺と相埒し。則ち其の盛んなること知るべし、と。曰く、怪を好みて常を好まず、奇を喜びて正を喜ばざるは、天下古今の通患にして、人人皆然り。道士は多く禅説を仮借し、又人の為に醮祭祈禱す。其の陋知るべし。仏者は荘厳を務め、誇大を好み、専ら伝灯を以て要と為す。愚民を蠱惑し、賢智を誘入し、周羅綱繆して、至らざる所無し。蓋し其の法の或いは断絶し、其の教への或いは至らざる所有らんことを懼るるなり。此れ其の声名の盛んなる所以なり。夫子の若きは、則ち然らず。子貢曰く、夫子は温良恭倹譲以て之を得たり、と。蓋し五者は己を謙りて人に下り、外を願はざるの事にして、仏老の荘厳を務め誇大を好むと異なれり。蓋し夫子の教へは、天地自然の道理にして、人心に根ざし、風俗に徹し、時として然らざる無く、処として在らざる無し。故に荘厳を務めず、誇大を好まずして、其の声名赫赫として、蛮貊に施き及ぶ。此れ其の大なる所以なり。苟も真に夫子の道の徳の大、実に堯舜より賢りて、生民以来未だ嘗て有らざるの盛んなるを知らば、則ち汝の宇宙を眼空するを許さん、と。童子曰く、大なるかな言や。始めて未だ嘗て聞かざる所を聞くことを得たり。何の幸ひか之に如かん、と。衽を斂めて退く。
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