宋名臣言行録 / 後集巻十一・范純仁
為諌官前後為上言休兵省事節用富民進君子退小人愛人材申公論為急崇聚歛事苛刻親䜛佞任偏聽為戒大則廷論小則疏逹未聽則連章累牘不茍止其於君子小人之際尤反復激切無所諱避上方鋭於求治又言道逺當馴致事大難速成人材不可遽求積□不可頓革公雅與荆公厚善至是數言其以五霸富國強兵之術誤惑人主失天下望
新字:為諌官前後為上言休兵省事節用富民進君子退小人愛人材申公論為急崇聚歛事苛刻親讒佞任偏聴為戒大則廷論小則疏逹未聴則連章累牘不茍止其於君子小人之際尤反復激切無所諱避上方鋭於求治又言道遠当馴致事大難速成人材不可遽求積□不可頓革公雅与荆公厚善至是数言其以五覇富国強兵之術誤惑人主失天下望
書き下し
諫官と爲り、前後上の爲に言う。兵を休め事を省き、用を節し民を富ませ、君子を進め小人を退け、人材を愛し公論を申ぶるを急と爲す。聚斂を崇び苛刻を事とし、讒佞に親しみ偏聽に任ずるを戒めと爲す。大なれば則ち廷論し、小なれば則ち疏達す。未だ聽かれずんば則ち章を連ね牘を累ねて茍くも止めず。其の君子小人の際に於いては尤も反復激切、諱避する所無し。上方に治を求むるに鋭し。又た言う、道は遠し當に馴致すべし。事は大にして速やかに成し難し。人材は遽かに求む可からず。積□は頓に革む可からずと。公雅ミ荊公と厚善なり。是に至りて數ミ其の五霸富國強兵の術を以て人主を誤惑し天下の望を失うを言う。
現代語訳
諫官となり、前後にわたって天子のために述べた。兵を休め事を省き、費用を節して民を富ませ、君子を進め小人を退け、人材を愛し公の議論を伸ばすことを急務とした。取り立てを重んじ、苛酷を事とし、讒言とへつらいに親しみ、偏った聞き方に任せることを戒めとした。大きな事は朝廷で論じ、小さな事は上疏で伝えた。聴き入れられなければ、上章を連ね書付を重ねて、いい加減にやめることがなかった。君子と小人の分かれ目については、とりわけ繰り返し激しく切実で、憚り避けるところがなかった。天子はちょうど治を求めることに鋭かった。また言った。「道は遠い。少しずつ馴らして至るべきです。事は大きく、速やかには成りません。人材は急には求められません。積もった〔一字を欠く〕は一挙には改められません」。公はふだんから王安石と親しく仲がよかった。この時に至って、しばしば王安石が五覇の富国強兵の術によって君主を惑わせ、天下の望みを失わせていると述べた。
解説
この章句が説くこと
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