宋名臣言行録 / 前集巻五・王曽
魏公言公當國門下未嘗顯拔一人希文乘間輒諷之曰明揚士類宰相之任也公之盛徳獨少此耳公徐應之曰司諌不思耶恩若已出怨將誰歸希文惘然歎曰真宰相也
新字:魏公言公当国門下未嘗顕抜一人希文乗間輒諷之曰明揚士類宰相之任也公之盛徳独少此耳公徐応之曰司諌不思耶恩若已出怨将誰帰希文惘然嘆曰真宰相也
書き下し
魏公言う、公、國に當たりて、門下、未だ嘗て一人を顯拔せず。希文、間に乘じて輙ち之を諷して曰く、士類を明揚するは宰相の任なり。公の盛徳、獨り此を少くのみと。公、徐ろに之に應じて曰く、司諌、思わざるか。恩、若し已に出づれば、怨、將に誰にか歸せんとすと。希文惘然として歎じて曰く、真の宰相なりと。
現代語訳
韓琦が言った。公が国政に当たっていたとき、門下から一人も目立って引き上げなかった。范仲淹は折を見てそれとなく言った。「士を明らかに世に出すのは、宰相の務めです。あなたの立派な徳は、ただこの一点が欠けているだけです」。公はゆっくりと応じて言った。「司諫どの、考えてみられないか。恩がもし自分から出れば、怨みはいったい誰のところへ行くのか」。范仲淹は呆然として嘆じた。「まことの宰相だ」。
解説
人を引き上げないことを咎められた条です。返しが一行でした。**恩がもし自分から出れば、怨みはいったい誰のところへ行くのか。**登用の恩を宰相個人のものにすれば、落とされた者の怨みもその個人に向かう。恩も怨みも朝廷のものにしておく、という考え方です。次の条にも同じ言い回しが出てきます。范仲淹は呆然として「まことの宰相だ」と言いました。
この章句が説くこと
恩若し已に出づれば怨将に誰にか帰せんとす士類を明揚するは宰相の任なり公の盛徳独り此を少くのみ希文惘然として嘆じて曰く真の宰相なり登用恩怨み
関連する章句
-
『宋名臣言行録』前集巻五・王曽魏公言う、公の徳器は深厚にして寡言なり。當時、其の品題一兩句を得る者有らば、人皆な以て榮と為す。琦、諌官為る時、劄子を納むるに因り、忽ち云う、近日、頻りに章疏を見るに甚だ好し。只だ此くの如くにして可なり。向来、髙若訥の輩の如きは、多く是れ利を擇ぶ。范希文も亦た未だ名に近づくを免れず。要は須らく純ら國事に意あるべきのみと。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦又た曰く、沂公の相と爲るや、其の事を論ずれば則ち數う可き者無し。其の人を論ずれば則ち天下之を信じて以て賢相と爲す。申公は賢を進むるを以て自ら任じ、恩は己に歸す。時の士は皆其の籠絡より出づ。獨り歐・范・尹のみ旋ち收め旋ち之を失い、終に其の籠絡を受けずと。
-
『宋名臣言行録』前集巻五・王曽公嘗て大臣の執政するに、當に恩を收め怨を避くべからずと以て曰く、恩は已に歸せんと欲す。怨は誰をして當たらしめんとすと。聞く者歎服す。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦公相位に在り、進め用うる所の人は惟だ公議の在る所を以てす。凡そ上前に薦引するも、未だ嘗て輒ち其の語を漏らさず。間ミ上に宣諭有るに因り、或いは同僚談說して、人始めて之を聞く。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公、服中に宰相に書を上り、朝政の得失及び民間の利病を言う。凡そ萬餘言。王曽、見て之を偉とす。時に晏殊も亦た京師に在り。一人を薦めて館職と為す。曽、殊に謂いて曰く、公、范仲淹を知る。捨てて薦めずして斯の人を薦むるかと。已に公の為に置きて行わず。宜しく更に仲淹を薦むべしと。殊之に從う。遂に館職に除す。頃くして冬至、仗を立つ。禮官、議を定め、章獻に媚びんと欲す。天子、百官を帥いて夀を庭に獻ぜんことを請う。公奏して不可とす。殊大いに懼れ、公を召して之を責め怒り、以て狂と為す。公、色を正して抗言して曰く、仲淹、明公の誤知を受け、常に稱わずして知己の為に羞を為さんことを懼る。意わざりき、今日、更に正論を以て門下に罪を獲んとはと。殊慙じて以て應うる無し。
-
『宋名臣言行録』前集巻五・王曽公嘗て言う、始めて大政に參ずるとき、故王太尉の國に當たるに屬す。毎に朝士を進用するに、必ず望實を先にす。或ひと曰く、某人は才あり、某人は賢なりと。則ち曰く、誠に此の人を知る。然れども歴官尚お淺し。且く望を養わしめ、歳乆しくして渝らずして後に擢任せば、則ち榮途坦然として、中外允に惬わんと。故に公、執政の日、是の言を遵行す。而して人皆な心服す。