宋名臣言行録 / 後集巻十一・范純仁
除給事中時哲宗宣仁太后共政司馬温公入相首改差役法公聞之謂人曰此事當熟講而緩行不然滋為民病且宰相職在求人變法非所先也還朝力為溫公言之溫公有所建請公復言宰相當虚心以延衆論不必謀自巳出謀自巳出則謟諛得乘間迎合而正士将巻懷退避公與溫公雖同志及臨事有所矯正類如此於是人皆服公平直
新字:除給事中時哲宗宣仁太后共政司馬温公入相首改差役法公聞之謂人曰此事当熟講而緩行不然滋為民病且宰相職在求人変法非所先也還朝力為温公言之温公有所建請公復言宰相当虚心以延衆論不必謀自巳出謀自巳出則謟諛得乗間迎合而正士将巻懐退避公与温公雖同志及臨事有所矯正類如此於是人皆服公平直
書き下し
給事中を除せらる。時に哲宗宣仁太后と政を共にす。司馬温公相に入り首めに差役法を改む。公之を聞き人に謂いて曰く、此の事は當に熟く講じて緩やかに行うべし。然らずんば滋ミ民の病と爲らん。且つ宰相の職は人を求むるに在り。法を變ずるは先んずる所に非ざるなりと。朝に還りて力めて温公の爲に之を言う。温公建請する所有り。公復た言う、宰相は當に心を虚しくして以て衆論を延くべし。必ずしも謀の自ら己より出づるを以てせず。謀自ら己より出づれば則ち諂諛は間に乘じて迎合するを得て、正士は將に懷を巻きて退避せんとすと。公と温公と志を同じくすと雖も、事に臨みて矯正する所有ること類ミ此くの如し。是に於いて人皆公の平直に服す。
現代語訳
給事中に任じられた。当時、哲宗と宣仁太后が政をともにしていた。司馬光が宰相となって、まず差役法を改めた。公はこれを聞いて人に言った。「この事はよくよく議して、ゆるやかに行うべきである。そうでなければ、いよいよ民の苦しみとなる。そのうえ宰相の職は人を求めることにある。法を変えるのは先にすべきことではない」。朝廷に戻って力を尽くして司馬光にこれを述べた。司馬光には建議するところがあった。公はさらに言った。「宰相は心を虚しくして多くの議論を招き入れるべきです。必ずしも案が自分から出る必要はありません。案が自分から出れば、へつらう者が隙に乗じて迎合できるようになり、正しい士は思いを胸にたたんで退き避けることになります」。公と司馬光は志を同じくしていたが、事に臨んで正すところがあったのは、いつもこのようであった。そこで人はみな公の公平で率直なことに服した。
解説
この章句が説くこと
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