宋名臣言行録 / 後集巻十一・范純仁
先是河北所科夫役許輸錢免夫上下皆以為便公獨憂曰民力自此愈困矣或曰每嵗差夫一丁費萬錢今以七千免一丁又免百姓奔走執役之勞豈不便乎
新字:先是河北所科夫役許輸銭免夫上下皆以為便公独憂曰民力自此愈困矣或曰毎歳差夫一丁費万銭今以七千免一丁又免百姓奔走執役之労豈不便乎
書き下し
是より先、河北の科する所の夫役は錢を輸して夫を免ずるを許す。上下皆以て便と爲す。公獨り憂えて曰く、民力此れよりいよいよ困しからんと。或るひと曰く、毎歳夫を差すに一丁は萬錢を費やす。今七千を以て一丁を免ず。又た百姓の奔走執役の勞を免ず。豈に便ならずやと。
現代語訳
これより先、河北で課される夫役は、銭を納めて人夫を免れることを許していた。上も下もみな都合がよいとした。公ひとりが憂えて言った。「民の力はこれからいよいよ困窮するだろう」。ある人が言った。「毎年、人夫を出すのに一人あたり万銭を費やす。いまは七千で一人を免れる。そのうえ百姓が走り回って役に就く労も免れる。都合がよいではないか」。
解説
全員が賛成している場面から始まります。**上も下もみな都合がよいとした。**理屈も通っています。万銭かかるものが七千で済み、しかも働かずに済む。**都合がよいではないか。**誰が見ても得です。それでも一人だけ、逆を見ていました。**民の力はこれからいよいよ困窮するだろう。**全員が賛成していることのほうが危ない、という場合がある。次の段で、その根拠が出ます。
この章句が説くこと
河北の科する所の夫役は銭を輸して夫を免ずるを許す上下皆以て便と為す公独り憂えて曰く民力此れよりいよいよ困しからん毎歳夫を差すに一丁は万銭を費やす今七千を以て一丁を免ず又た百姓の奔走執役の労を免ず豈に便ならずや免夫賛成
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『宋名臣言行録』後集巻十一・范純仁公曰く、毎歳夫を差すに萬錢と曰うと雖も、然れども身に隨う者は三千に過ぎず。又た一丁の官に就きて食するを得。今夫を免ずる所出の七千は盡く官に歸す。民は又た儼然として家に坐食す。蓋し力とは身の出す所、錢とは民の有する所に非ず。今其の有する所を捨てて其の無き所を征す。民安んぞ病まざるを得ん。此の一事は富民の親ら役を執らざる者は以て便と爲し、窮民の力有りて錢無き者は便とする所に非ざるなり。
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