宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇轍
賦役所出多在中等如此條目不便非一故天下皆思雇役而厭差役今五年矣則臣所謂宜因兹修法為安民靖國之術者也然大臣恃權恥過終莫肯改
新字:賦役所出多在中等如此条目不便非一故天下皆思雇役而厭差役今五年矣則臣所謂宜因茲修法為安民靖国之術者也然大臣恃権恥過終莫肯改
書き下し
賦役の出づる所は多く中等に在り。此くの如く條目の不便なるは一に非ず。故に天下皆雇役を思いて差役を厭う。今五年なり。則ち臣の所謂、宜しく茲に因りて法を修め民を安んじ國を靖んずるの術と爲すべき者なり。然れども大臣權を恃み過を恥じ、終に肯えて改めず。
現代語訳
「賦役の出どころは多くが中等の家にある。このように条目が不都合なものは一つ二つではない。だから天下はみな雇役を懐かしみ、差役を厭うのである。いまで五年になる。つまり臣が申し上げてきた、これを機に法を手直しして、民を安んじ国を静める術とすべきだというのは、このことである」。しかし大臣は権をたのみ、過ちを恥じて、ついに改めようとしなかった。
解説
実際に負担を出しているのは、声を上げない層でした。**賦役の出どころは多くが中等の家にある。**そして五年たった時点での世評が挙がります。**天下はみな雇役を懐かしみ、差役を厭うのである。**改めるべき理由は揃っている。それでも動きませんでした。理由が最後の一行です。**大臣は権をたのみ、過ちを恥じて、ついに改めようとしなかった。**間違っていると分かることが、改めない理由になっている。
この章句が説くこと
賦役の出づる所は多く中等に在り此くの如く条目の不便なるは一に非ず故に天下皆雇役を思いて差役を厭う今五年なり然れども大臣権を恃み過を恥じ終に肯えて改めず中等実情
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