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宋名臣言行録 / 前集巻六・吕夷簡

初元昊拒命契丹重兵壓境上以伺釁議者請城洛陽為遷都之計公獨謂敵畏壯侮怯易以威制洛邑山川狹隘以壯則不足以威則退縮遂請建都大名示將親征以伐敵謀或曰此為虚聲爾不若増修東都城池以沮契丹之志公曰此子囊城郢計也使敵果南嚮則雖城固無益卒申前議既而契丹求和親割關南之地及劉六符等再至桀驁乆留不能遣公奏請于殿外幕次與敵使相見置酒面議以折之上以為然敵使見公畏伏語館伴使曰觀宰相如此雖留無益遂亟就道前好如初

新字:初元昊拒命契丹重兵圧境上以伺釁議者請城洛陽為遷都之計公独謂敵畏壮侮怯易以威制洛邑山川狭隘以壮則不足以威則退縮遂請建都大名示将親征以伐敵謀或曰此為虚声爾不若増修東都城池以沮契丹之志公曰此子囊城郢計也使敵果南嚮則雖城固無益卒申前議既而契丹求和親割関南之地及劉六符等再至桀驁乆留不能遣公奏請于殿外幕次与敵使相見置酒面議以折之上以為然敵使見公畏伏語館伴使曰観宰相如此雖留無益遂亟就道前好如初

書き下し

初め元昊、命を拒む。契丹、兵を重ねて境に壓し、上、以て釁を伺う。議する者、洛陽に城きて遷都の計と為さんことを請う。公獨り謂えらく、敵は壯を畏れ怯を侮る。威を以て制し易し。洛邑の山川は狹隘なり。壯を以てせば則ち足らず、威を以てせば則ち退縮すと。遂に都を大名に建て、將に親征して以て敵の謀を伐たんとするを示さんことを請う。或るひと曰く、此れ虚聲と為すのみ。東都の城池を増修して以て契丹の志を沮むに若かずと。公曰く、此れ子囊の郢に城くの計なり。敵をして果たして南嚮せしめば、則ち城堅しと雖も益無しと。卒に前議を申ぶ。既にして契丹、和親して關南の地を割かんことを求む。劉六符等の再び至るに及び、桀驁として乆しく留まりて遣る能わず。公、奏請して殿外の幕次に於て敵使と相い見え、酒を置きて面のあたり議して以て之を折らんとす。上、以て然りと為す。敵使、公に見えて畏伏す。館伴使に語りて曰く、宰相を觀るに此くの如し。留まると雖も益無しと。遂に亟かに道に就く。前好、初めの如し。

現代語訳

はじめ趙元昊が命に背いた。契丹は兵を重ねて国境に迫り、隙をうかがった。議論する者は、洛陽に城壁を築いて遷都の計とするよう求めた。公だけが、こう考えた。敵は強いものを畏れ、怯えているものを侮る。威で制するのがたやすい。洛陽の山川は狭い。強さで対するには足りず、威で対するには引っ込みすぎている、と。そこで都を大名に置き、親征して敵の謀を挫くつもりだと示すよう求めた。ある者が言った。「それは虚勢を張るだけのことだ。東都の城壁と堀を増築して契丹の意図をくじくほうがよい」。公は言った。「それは子嚢が郢に城壁を築いた計だ。敵がはたして南へ向かってきたら、城が堅くても益はない」。ついに先の議を通した。ほどなく契丹が和親して関南の地を割譲するよう求めた。劉六符らがふたたび来たとき、傲慢に振る舞って長く留まり、帰らせることができなかった。公は奏上して、殿の外の幕舎で敵の使者と会い、酒を置いて面と向かって議論してこれを退けようとした。帝はそれをよしとした。敵の使者は公に会って畏れ入った。館伴使に言った。「宰相を見るに、このとおりだ。留まっていても益はない」。そこですぐに帰路についた。以前の友好は元のままとなった。

解説

遷都案と築城案の両方を退けた条です。読みが一行にあります。**敵は強いものを畏れ、怯えているものを侮る。**だから逃げる方向へは動かない。城を厚くする案にも**「敵がはたして南へ向かってきたら、城が堅くても益はない」**と答えました。代わりに都を大名に置き、親征のつもりだと示す。最後は自分が出て行って、酒を置いて面と向かって議論しています。使者の一言が効きました。宰相を見るに、このとおりだ、留まっていても益はない、と。

この章句が説くこと

敵は壮を畏れ怯を侮る威を以て制し易し敵をして果たして南嚮せしめば則ち城堅しと雖も益無し宰相を観るに此くの如し留まると雖も益無し遷都交渉

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