宋名臣言行録 / 後集巻十一・范純仁
自陜西運副召還神宗問曰卿在陜西久主漕輓必精意邊事城郭甲兵糧儲如何對曰城郭粗完甲兵粗脩粮儲粗備上愕然曰卿才能如此朕所倚頼而執事皆言粗何也公徐對曰粗者未精之辭如是足矣
新字:自陜西運副召還神宗問曰卿在陜西久主漕輓必精意辺事城郭甲兵糧儲如何対曰城郭粗完甲兵粗脩粮儲粗備上愕然曰卿才能如此朕所倚頼而執事皆言粗何也公徐対曰粗者未精之辞如是足矣
書き下し
陝西の運副より召し還さる。神宗問いて曰く、卿陝西に在ること久しく漕輓を主る。必ず邊事に意を精しくせん。城郭・甲兵・糧儲は如何と。對えて曰く、城郭は粗ミ完し、甲兵は粗ミ脩まり、糧儲は粗ミ備わると。上愕然として曰く、卿の才能此くの如し。朕の倚頼する所なり。而して執事は皆粗と言う。何ぞやと。公徐ろに對えて曰く、粗とは未だ精ならざるの辭なり。是くの如くにして足れりと。
現代語訳
陝西の運副から召し戻された。神宗は問うて言った。「卿は陝西にいること久しく、輸送を司っていた。必ず辺境の事に精しく心を用いていよう。城郭・武具兵員・糧の蓄えはどうか」。答えて言った。「城郭はおおむね整い、武具兵員はおおむね修まり、糧の蓄えはおおむね備わっております」。天子は驚いて言った。「卿の才能はこれほどである。朕が頼みとするところだ。それでいて務めた事をみな『おおむね』と言うのは、どういうことか」。公はゆっくりと答えて言った。「粗とは、まだ精しくないという言葉です。これで十分なのです」。
解説
三つとも「おおむね」と答えました。控えめに言ったのではありません。次の段を読むと、意図がはっきりします。**粗とは、まだ精しくないという言葉です。これで十分なのです。**辺境の備えは、完璧だと報告した瞬間に、使ってみたくなるものになる。おおむね、と言い続けることで、そこに手を出させない。答えの形そのものが、一つの抑止になっています。
この章句が説くこと
卿陝西に在ること久しく漕輓を主る城郭甲兵糧儲は如何城郭は粗ミ完し甲兵は粗ミ脩まり糧儲は粗ミ備わる卿の才能此くの如し而して執事は皆粗と言う何ぞや粗とは未だ精ならざるの辞なり是くの如くにして足れり報告程度
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