宋名臣言行録 / 後集巻十・彭汝礪
罷為館閣校勘江西運判辭日復上疏論時事且言今不患無將順之臣患無諌争之臣不患無敢為之臣患無敢言之臣神宗察其忠慰諭久之
新字:罷為館閣校勘江西運判辞日復上疏論時事且言今不患無将順之臣患無諌争之臣不患無敢為之臣患無敢言之臣神宗察其忠慰諭久之
書き下し
罷めて館閣校勘・江西運判と爲る。辭する日、復た上疏して時事を論じ、且つ言う、今將順の臣無きを患えず、諫爭の臣無きを患う。敢えて爲すの臣無きを患えず、敢えて言うの臣無きを患うと。神宗其の忠を察し、慰諭すること久し。
現代語訳
職を解かれて館閣校勘・江西運判となった。暇乞いをする日、あらためて上疏して当時の事を論じ、そのうえで言った。「いま、意に沿って従う臣がいないことを憂えるのではなく、諫めて争う臣がいないことを憂えるべきです。思い切って行う臣がいないことを憂えるのではなく、思い切って言う臣がいないことを憂えるべきです」。神宗はその忠を見て取り、慰め諭すことが長く続いた。
解説
地方へ出る当日に、対句を二つだけ置いた上疏です。形が同じなので効きます。意に沿って従う臣がいないことを憂えるのではなく、諫めて争う臣がいないことを憂えるべきです。思い切って行う臣がいないことを憂えるのではなく、思い切って言う臣がいないことを憂えるべきです。やる人は足りている、という認識が前提です。新法の時代でした。動きは十分ある。足りないのは、その動きに待ったをかける声だ、と。
この章句が説くこと
罷めて館閣校勘江西運判と為る辞する日復た上疏して時事を論ず今将順の臣無きを患えず諫争の臣無きを患う敢えて為すの臣無きを患えず敢えて言うの臣無きを患う神宗其の忠を察し慰諭すること久し追従諫争
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