宋名臣言行録 / 後集巻十・彭汝礪
故事進士第一人無入吏部選者公在選十年人以為淹而公處之澹如也
新字:故事進士第一人無入吏部選者公在選十年人以為淹而公処之澹如也
書き下し
故事、進士第一人にして吏部の選に入る者無し。公選に在ること十年。人以て淹しと爲す。而して公之に處すること澹如たり。
現代語訳
先例では、進士の首席合格者で吏部の順番待ちの選に入る者はなかった。公はその選にあること十年。人はそれを長すぎると思った。それでいて公は、そこにいることが淡々としていた。
解説
二十九字です。異例であることが最初に置かれています。**先例では、進士の首席合格者で吏部の順番待ちの選に入る者はなかった。**首席なら、すぐ良い職に就く。ところがこの人は列に入り、十年います。周りのほうが気にしました。**人はそれを長すぎると思った。**当人の様子が一語で書かれています。**そこにいることが淡々としていた。**待たされていることに、気づいていないかのように。
この章句が説くこと
故事進士第一人にして吏部の選に入る者無し公選に在ること十年人以て淹しと為す而して公之に処すること澹如たり首席停滞
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