宋名臣言行録 / 後集巻十・傅堯俞
拜中書侍郎論事率由大公而未嘗容心其薦引多得吉人良士及薨太皇太后諭近臣曰傅侍郎清直一節終始不變金玊君子人也嗟惜久之
新字:拝中書侍郎論事率由大公而未嘗容心其薦引多得吉人良士及薨太皇太后諭近臣曰傅侍郎清直一節終始不変金玊君子人也嗟惜久之
書き下し
中書侍郎に拜せらる。事を論ずるに率ね大公に由りて未だ嘗て心を容れず。其の薦引は多く吉人良士を得たり。薨ずるに及び、太皇太后近臣に諭して曰く、傅侍郎は清直一節、終始變ぜず。金玉なる君子人なりと。嗟惜すること久し。
現代語訳
中書侍郎に任じられた。事を論じるにあたって、おおむね大いなる公にもとづき、私心を差し挟むことがなかった。その推挙は多く善い人・よい士を得た。亡くなると、太皇太后は近臣に諭して言った。「傅侍郎は清く直く一つの節を、終始変えなかった。金や玉のような君子である」。惜しみ嘆くことが長く続いた。
解説
評価の順序が、この条の要です。まず論じ方。大いなる公にもとづき、私心を差し挟むことがなかった。次に、その結果として現れたものが挙がります。その推挙は多く善い人・よい士を得た。私心がないから、選ぶ人が偏らない。人物評は、その人が誰を選んだかに出る、という書き方です。そして追悼の一言が短い。清く直く一つの節を、終始変えなかった。
この章句が説くこと
中書侍郎に拝せらる事を論ずるに率ね大公に由りて未だ嘗て心を容れず其の薦引は多く吉人良士を得たり傅侍郎は清直一節終始変ぜず金玉なる君子人なり公平推挙
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