宋名臣言行録 / 後集巻十・韓維
維讀畢因奏言此特真宗小善爾推其心以及天下則仁不可勝用也真宗自澶淵之役却狄之後十九年不言兵天下富庶其源盖出於此昔孟子論齊王不忍觳觫之牛以為是心足以王外人皆云陛下仁孝發於天性毎行見昆蟲螻蟻違而過且勅左右勿踐履此亦仁術也臣願陛下推此心以及百姓則天下幸甚
新字:維読畢因奏言此特真宗小善爾推其心以及天下則仁不可勝用也真宗自澶淵之役却狄之後十九年不言兵天下富庶其源盖出於此昔孟子論斉王不忍觳觫之牛以為是心足以王外人皆云陛下仁孝発於天性毎行見昆虫螻蟻違而過且勅左右勿践履此亦仁術也臣願陛下推此心以及百姓則天下幸甚
書き下し
維讀み畢わり因りて奏して言う、此れ特に眞宗の小善のみ。其の心を推して以て天下に及ぼせば則ち仁は勝げて用う可からざるなり。眞宗澶淵の役、狄を却けし後より十九年兵を言わず。天下富庶なり。其の源は蓋し此に出づ。昔孟子齊王の觳觫の牛に忍びざるを論じて、以て是の心は王たるに足ると爲す。外人皆云う、陛下の仁孝は天性に發すと。行く毎に昆蟲螻蟻を見れば違けて過ぎ、且つ左右に勅して踐履する勿からしむ。此れ亦た仁術なり。臣願わくは陛下此の心を推して以て百姓に及ぼさば則ち天下幸甚ならん。
現代語訳
韓維は読み終えて、そこで奏上して言った。「これはただ真宗の小さな善にすぎません。その心をおし広めて天下に及ぼせば、仁は使い尽くせないほどになります。真宗は澶淵の役で契丹を退けて以来、十九年、兵を口にされませんでした。天下は豊かで人も増えました。その源は、思うにここから出ています。昔、孟子は斉王が震える牛を忍びなく思ったことを論じて、この心があれば王となるに足りるとしました。外の人はみな言います、陛下の仁と孝は生まれつきから出ている、と。歩まれるたびに虫や蟻を見れば避けて通られ、そのうえ側近に命じて踏まないようにさせておられる。これもまた仁の術です。臣が願いますのは、陛下がこの心をおし広めて百姓に及ぼされることです。そうすれば天下は幸いです」。
解説
読み上げた美談を、そのままでは終わらせませんでした。**これはただ真宗の小さな善にすぎません。**そのうえで、小さな善と大きな結果をつなぎます。**澶淵の役で契丹を退けて以来、十九年、兵を口にされませんでした。その源は、思うにここから出ています。**そして目の前の天子が、すでに同じ心を持っていることを指摘しました。**虫や蟻を見れば避けて通られ、側近に命じて踏まないようにさせておられる。**あとは、向ける先を変えるだけだ、と。
この章句が説くこと
此れ特に真宗の小善のみ其の心を推して以て天下に及ぼせば則ち仁は勝げて用う可からざるなり真宗澶淵の役狄を却けし後より十九年兵を言わず昔孟子斉王の觳觫の牛に忍びざるを論じて以て是の心は王たるに足ると為す行く毎に昆虫螻蟻を見れば違けて過ぎ且つ左右に勅して践履する勿からしむ仁推及
関連する章句
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