宋名臣言行録 / 後集巻十・韓維
又祀汾隂日見一羊自擲道左怪問之曰今日尚食殺其羔真宗慘然不樂自是不殺羊羔
新字:又祀汾陰日見一羊自擲道左怪問之曰今日尚食殺其羔真宗惨然不楽自是不殺羊羔
書き下し
又た汾陰を祀る日、一羊の自ら道の左に擲つを見る。怪しみて之を問う。曰く、今日尚食其の羔を殺せりと。眞宗慘然として樂しまず。是れより羊羔を殺さず。
現代語訳
また汾陰を祀る日、一頭の羊が自ら道のかたわらで身を投げ出しているのを見た。不審に思ってこれを尋ねた。答えて言った。「今日、料理方がその子羊を殺しました」。真宗は痛ましく思って楽しまなかった。これ以来、子羊を殺さなかった。
解説
三十字です。目にしたのは、道端の一頭でした。**一頭の羊が自ら道のかたわらで身を投げ出している。**理由が分からないので尋ねます。**今日、料理方がその子羊を殺しました。**自分の膳のために起きていたことが、その一頭の姿とつながった。知らずに済んでいたことが、目の前に出てきた。そして変えたのは、自分の食でした。**これ以来、子羊を殺さなかった。**嘆いて終わっていません。
この章句が説くこと
又た汾陰を祀る日一羊の自ら道の左に擲つを見る怪しみて之を問う今日尚食其の羔を殺せり真宗惨然として楽しまず是れより羊羔を殺さず羊憐れみ
関連する章句
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