宋名臣言行録 / 後集巻十・韓維
邇英讀三朝寳訓至天禧中有二人犯罪法當死真宗惻然怜之曰此等安知法殺之則不忍捨之則無以勵衆乃使持去笞而遣之以斬訖奏
新字:邇英読三朝寳訓至天禧中有二人犯罪法当死真宗惻然怜之曰此等安知法殺之則不忍捨之則無以勵衆乃使持去笞而遣之以斬訖奏
書き下し
邇英に三朝寶訓を讀み天禧中に至る。二人の罪を犯す者有り。法は當に死すべし。眞宗惻然として之を怜れみて曰く、此等安んぞ法を知らんや。之を殺せば則ち忍びず。之を捨つれば則ち以て衆を勵ます無しと。乃ち持ち去らしめ、笞ちて之を遣わし、斬り訖わると以て奏せしむ。
現代語訳
邇英閣で『三朝宝訓』を読み、天禧年間のところに至った。二人の罪を犯した者があった。法では死罪に当たる。真宗は痛ましく思ってこれを憐れんで言った。「この者たちがどうして法を知っていようか。これを殺すのは忍びない。これを放てば、人々を戒めるものがなくなる」。そこで連れ去らせ、笞で打って放し、斬り終えたと奏上させた。
解説
二つとも捨てられない場面での処置です。**これを殺すのは忍びない。これを放てば、人々を戒めるものがなくなる。**憐れみを取れば法が緩み、法を取れば人が死ぬ。選んだのは、実際には殺さず、殺したことにする、というやり方でした。**笞で打って放し、斬り終えたと奏上させた。**世間に対しては法が働いたことになる。制度としては危うい方便です。ただ、記録した側はこれを美談として残しました。
この章句が説くこと
邇英に三朝宝訓を読み天禧中に至る此等安んぞ法を知らんや之を殺せば則ち忍びず之を捨つれば則ち以て衆を勵ます無し乃ち持ち去らしめ笞ちて之を遣わし斬り訖わると以て奏せしむ死刑憐れみ
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