宋名臣言行録 / 後集巻八・吕希哲
公為郡處令公帑多畜鰒魚諸乾物及筍乾蕈乾以待賔客以减雞鴨等生命也
新字:公為郡処令公帑多畜鰒魚諸乾物及筍乾蕈乾以待賓客以减鶏鴨等生命也
書き下し
公郡に處り、令して公帑に多く鰒魚・諸乾物及び筍乾・蕈乾を畜えしめ、以て賓客を待つ。以て雞鴨等の生命を減ずるなり。
現代語訳
公は郡を治めるにあたって、令を出して官の蔵に多く鮑や諸々の乾物、および乾し筍・乾し茸を蓄えさせ、それで賓客をもてなした。それによって鶏や鴨などの命を減らすためである。
解説
三十一字の、段取りの話です。客が来てから何を出すか考えれば、その場で潰すことになります。だから前もって蓄えました。官の蔵に多く鮑や諸々の乾物、および乾し筍・乾し茸を蓄えさせ。もてなしを削っていません。出すものは十分あって、そのうえで殺す数が減る。それによって鶏や鴨などの命を減らすためである。理念を掲げるのではなく、蔵の中身を変えただけでした。
この章句が説くこと
公郡に処り令して公帑に多く鰒魚諸乾物及び筍乾蕈乾を畜えしむ以て賓客を待つ以て雞鴨等の生命を減ずるなり以て鶏鴨等の生命を減ずるなり干物殺生
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