宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
公鎮成都一日見一卒抱小兒在廊下戯小兒忽怒扯其父公見之集衆語曰此方悖逆乃自習俗幼已如此況其長成豈不為亂遂殺之
新字:公鎮成都一日見一卒抱小児在廊下戯小児忽怒扯其父公見之集衆語曰此方悖逆乃自習俗幼已如此況其長成豈不為乱遂殺之
書き下し
公、成都に鎮す。一日、一卒の小兒を抱きて廊下に在りて戯るるを見る。小兒忽ち怒りて其の父を扯く。公之を見て、衆を集めて語りて曰く、此の方の悖逆は乃ち自ら習俗なり。幼くして已に此くの如し。況んや其の長成をや。豈に亂を為さざらんやと。遂に之を殺す。
現代語訳
公が成都に鎮していた。ある日、一人の兵が幼子を抱いて廊下で戯れているのを見た。幼子が急に怒って父を引っ張った。公はそれを見て、人々を集めて言った。「この地の背き叛く気風は、そもそも習わしになっている。幼くしてすでにこのとおりだ。まして成長したらどうか。乱を起こさずにいられようか」。そしてその子を殺した。
解説
この書の中でも、読んで最も苦しくなる条です。父を引っ張った幼子を見て、**この地の背く気風は習わしになっている、幼くしてこうなら成長したらどうか、と言って殺しました。**理屈は将来の予測だけで、罪はどこにもありません。編者は評を付けていません。前の条の見事な機転と、この条が同じ人物の記録として並んでいる。名臣の巻がどこまで書くかの、いちばん端がここです。
この章句が説くこと
此の方の悖逆は乃ち自ら習俗なり幼くして已に此くの如し況んや其の長成をや豈に乱を為さざらんや予断峻厳行き過ぎ
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠公の性は剛毅なり。一吏を責決するに因り、彼れ枝辭して伏せず。公曰く、這の的、劒を喫するを要せざるかと。彼れ云う、決は喫するを得ざるも、劍は則ち得んと。公牽き出して之を斬り、以て軍吏に狥う。愕眙して相い顧み、是れより俱に公の威信に服す。令出づれば必ず行わる。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠公、少くして劍を學び、竒節を為すを樂しむ。士人の遠郡に遊宦する有り。僕夫の為に其の不法の事を持たれて之を恐れられ、且つ其の女を妻と為さんことを欲せらる。即ち止む。歳乆しくして益々恣横にして制す可からず。詠、傳舍に寓し、其の事を知る。即ち陽りて此の僕を假りて馭と為し、單騎して城を出で、林麓の中に至りて之を斬りて還る。
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